水神・海神
海・川・泉・雨——水を領分とする神格のファセット。ひとくくりにされているが、内実は二つに割れる。海の神と、淡水の神である。この二つは、しばしば正反対の意味を持つ。
ギリシアのポセイドーンは、ゼウス・ハーデースとの籤引きで海を得た。三叉戟で大地を突いて地震を起こす「大地を揺るがす者」でもあり、海と地震が同じ神の下にある。エーゲ海の民にとって、海は道であると同時に脅威だった。ただしその下の層には、支配者ではなく海そのものを体現するネーレウスやアムピトリーテーがいる。さらに古い層に立つのがポントスで、こちらは海という広がりそのものであり、恵み深い海と怪異に満ちた海の双方を子として分けた。海神の図像を支えるのは眷属でもある。上半身が馬で下半身が魚のヒッポカムポスが車を牽き、イクテュオケンタウロスとネーレーイデスが従う海のティアソスは、ローマ期の浴場モザイクと石棺を埋め尽くした。同じギリシアでも、世界を巡る大河オーケアノスとテーテュースは三千の河神と三千の女神を生んだとされ、水系そのものが血縁として構成される。メソポタミアのエンキ(エア)は淡水の深淵アプスーに住み、知恵と呪術と技術を人に与える。同じ水でも、こちらは恵みである。乾いた土地では、水は海から来ない。エジプトには海神と呼べる神がほとんどいない。ナイルの氾濫を神格化したハピが実りを運び、第一急湍ではクヌムが水量を按配し、サテトが水を注ぎ、アヌケトが到来を告げる。一つの自然現象を四柱で分担する配置である。そして原初の水ヌンが、すべての始まりに置かれる。海は外の世界であって、神話の中心ではなかった。イランのアナーヒターは、世界のあらゆる水の源である天上の大河そのものであり、水を与える神がそのまま豊穣と出産の神を兼ねる。北欧のエーギルは海の巨人で、その妻ラーンは網で溺者を引き寄せる。ここでは海はほとんど死である。ウガリットのヤムにいたっては、海は倒されるべき敵である。この神は海を治めるのではなく海そのものであり、嵐神バアルが棍棒で打ち倒してはじめて世界に秩序が立つ。ヨルバとエドのオロクンは大洋の底に宮を構え、そこから富が来る。珊瑚も象牙も、海を越えて現れたポルトガル人がもたらした利も、この神の領分とされた。海が交易路である社会では、海神は富の神を兼ねる。中国の四海竜王は雨を司る官僚で、旱魃のときに祈られた。日本のワタツミは海そのもので、山幸彦はその宮を訪ねて失くした釣針を探す。ケルトのマナナン・マクリルにとって、海はそもそも水ではない。『ブランの航海』で彼は、お前には波に見えるものが自分には花の咲き乱れる平原なのだと告げる。海は隔てるものではなく、異界へ通じる平面である。ヴェーダのヴァルナは、もとは天空と理法リタの神でありながら、後代には水の神へ領分を移した。同じ神が、体系の内部で職を変えることがある。
ガリアでは、川そのものが女神である。セクアナはセーヌ川の名と同じ名を持ち、その源泉に聖所を構えた。アイルランドのボアンはボイン川の由来を語る女神で、禁じられた泉を巡って水に追われ、その水が川になったとされる。海の側では、ノドンスがセヴァーン河口を見下ろす崖の上に、ネヘレニアがスヘルデ川の河口に祀られた。いずれも水そのものと切り離せない神格で、名を土地から借りるのではなく、名を土地に与えている。
図像は、三叉戟(ポセイドーン、ネプトゥーヌス)、魚と海獣、貝、そして水そのものを表す波形の線である。竜(中国・日本)と蛇が繰り返し現れるのは、蛇行する川の形と、水が定まった姿を持たないことの両方に理由があるとされる。差異は乗り物に出る。ポセイドーンは馬に車を牽かせ、エンキは肩から水が流れ出し、竜王は自分が竜である。
注意がいる。このファセットは「水」でくくるには広すぎる。海の神と川の神と雨の神を並べても、共通するのは水という物質だけで、社会のなかでの位置は違う。海に囲まれた社会では海神が大きくなり、灌漑の社会では川と雨の神が国家祭祀に入る。神の大きさは、その水が何をしたかで決まる。
この役割の神格
69柱を収載(知名度順)
ヒンドゥー神話
サラスヴァティー
सरस्वती — 水神・海神
PLATE
ローマ神話
ネプトゥーヌス
Neptunus — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
オーケアノス
Ὠκεανός — 水神・海神
PLATE
エジプト神話
セベク
sbk — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
アムピトリーテー
Amphitrite — 水神・海神
PLATE
ヒンドゥー神話
ヴァルナ
वरुण — 天空神
PLATE
ギリシア神話
トリートーン
Τρίτων — 水神・海神
PLATE
エジプト神話
アヌケト
ꜥnqt — 水神・海神
PLATE
エジプト神話
テフヌト
tfnt — 水神・海神
PLATE
エジプト神話
クヌム
ẖnmw — 創造神・主神
PLATE
メソポタミア神話
エンキ
𒀭𒂗𒆠 — 創造神・主神
PLATE
エジプト神話
ハピ
ḥꜥpj — 水神・海神
PLATE
北欧神話
ニョルズ
Njǫrðr — 水神・海神
PLATE
CREATURE
北欧神話
クラーケン
kraken — 水神・海神
PLATE
メソポタミア神話
ティアマト
𒀭𒋾𒊩𒆳 — 水神・海神
PLATE
ヒンドゥー神話
ガンガー
गङ्गा — 水神・海神
PLATE
アステカ神話
トラロック
Tlāloc — 雷神
PLATE
北欧神話
エーギル
Ægir — 水神・海神
PLATE
メソポタミア神話
アプスー
𒀊𒍪 — 水神・海神
PLATE
ペルシア神話
アナーヒター
آناهیتا — 水神・海神
PLATE
中国神話・道教
媽祖
媽祖 — 水神・海神
PLATE
北欧神話
ラーン
Rán — 水神・海神
PLATE
マヤ神話
チャク
Chaahk — 雷神
PLATE
仏教の尊格
弁才天
弁才天 — 水神・海神
PLATE
アステカ神話
チャルチウィトリクエ
Chālchiuhtlīcue — 水神・海神
PLATE
メソポタミア神話
ナンム
𒀭𒇉 — 創造神・主神
PLATE
マヤ神話
イシュ・チェル
Ixchel — 月神
PLATE
日本神話
えびす
えびす — 水神・海神
PLATE
ケルト神話
マナナン・マクリル
Manannán mac Lir — 水神・海神
PLATE
中国神話・道教
共工
共工 — 水神・海神
PLATE
その他・未分類
虹蛇
Rainbow Serpent — 創造神・主神
PLATE
アフリカ神話
オシュン
Ọṣun — 水神・海神
PLATE
中国神話・道教
玄天上帝
玄天上帝 — 水神・海神
PLATE
日本神話
トヨタマヒメ
豊玉姫 — 水神・海神
PLATE
アフリカ神話
オロクン
Olókun — 水神・海神
PLATE
日本神話
タマヨリビメ
玉依毘売 — 水神・海神
PLATE
日本神話
ワタツミ
綿津見神 — 水神・海神
PLATE
ケルト神話
ボアン
Boand — 水神・海神
PLATE
ケルト神話
ファンド
Fand — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
グラウコス
Γλαῦκος — 水神・海神
PLATE
フェニキア・カナン神話
ヤム
𐎊𐎎 — 水神・海神
PLATE
エジプト神話
サテト
sṯt — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
プローテウス
Πρωτεύς — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
テティス
Θέτις — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
ポルキュース
Φόρκυς — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
ケートー
Κητώ — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
タウマース
Θαύμας — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
エウリュビアー
Εὐρυβία — 水神・海神
PLATE
インカ神話
ママ・コチャ
Mama Qucha — 水神・海神
PLATE
ヒンドゥー神話
ヴァースキ
वासुकि — 水神・海神
PLATE
ヒンドゥー神話
マツヤ
मत्स्य — 水神・海神
PLATE
ペルシア神話
ハルワタート
𐬵𐬀𐬎𐬭𐬎𐬎𐬀𐬙𐬁𐬙 — 水神・海神
PLATE
ペルシア神話
アープ
𐬁𐬞𐬀𐬯 — 水神・海神
PLATE
ペルシア神話
アパム・ナパート
𐬀𐬞𐬃𐬨 𐬥𐬀𐬞𐬁𐬝 — 水神・海神
PLATE
ケルト神話
ノドンス
Nodens — 水神・海神
PLATE
CREATURE
北欧神話
波の乙女
Ægis dœtr — 水神・海神
PLATE
ケルト神話
コウェンティナ
Coventina — 水神・海神
PLATE
ケルト神話
デア・マトロナ
Mātronā — 水神・海神
PLATE
ギリシア神話
アケローオス
Ἀχελῷος — 水神・海神