アヌケト
アヌキス · アンケト · アンクト
エジプト神話でナイル第一急湍を司る女神。クヌム・サテトとともにエレファンティネ三柱神をなす。名は「抱く者」を意味し、土地を抱きこむ増水の川の形を指すとされる。
解説
概要
アヌケト(ꜥnqt / Anuket)は、エジプト神話の女神である。ナイル第一急湍(現アスワン)と下ヌビア一帯を司り、エレファンティネ島でとくに篤く祀られた。名は「抱く者」「締める者」と訳される。両腕を左右に広げた図像が、二本の支流をもって土地を抱きこむ川の形を写したものだという解釈がある。
クヌム・サテトとともにエレファンティネ三柱神をなす。ギリシア人はアヌキス(Ανουκις)と呼び、インテルプレタティオ・グラエカではヘスティアに、ローマではウェスタに当てた。
神話・物語
物語らしい物語をほとんど残さない神格である。伝わるのは称号と祭礼で、そこから性格を読み取るほかない。もとはラーの娘とされ、サテトともどもラーの目の一相に数えられた。両女神はまた、王の額のコブラウラエウスとも結びつけられている。
祭礼の記録は具体的である。増水が始まるとアヌケトの祭が催され、人々は貨幣・黄金・装身具を川へ投じた。命をもたらす水と、そこから生まれる富への返礼だという。このとき、エジプトの各地で聖なるものとして口にすることを禁じられていた魚の禁忌が解かれた。ナイルの特定の魚がアヌケトのトーテムであり、祭礼の一部としてそれを食べたのだと説明されている。禁忌が祭のあいだだけ反転する、めずらしい例である。
新王国期には南方の女神としての性格が強められ、「ヌビアの女」という添え名を得た。エジプトから見て、この女神は自国の川の神でありながら、川が流れ出してくる異郷の側に属してもいた。
図像と象徴
同定の鍵は冠にある。細い羽根、あるいは葦を放射状に立てた高い冠を戴く女性の姿で表され、この頭飾りはヌビア風の意匠に由来すると考えられている。エジプトの女神の冠は角・日輪・羽根の組み合わせで規定されるのが常だが、アヌケトのそれは他のどれとも似ていない。
手にはパピルスの茎をかたどった笏を握る。パピルスは流れの速い水と結びつけられた植物で、急湍を司るこの女神にふさわしい持物である。後期にはガゼルが聖獣とされ、この動物を伴う図像も現れる。
本サイトが主画像に掲げるのは、メトロポリタン美術館蔵の女神アヌキスの頭部(第19王朝、前1336〜1250年頃)である。冠の下端と髪の表現に、この女神特有の高い冠の名残が見てとれる。
系譜と関係
クヌムとサテトの娘とされるのが一般的だが、クヌムの下位の配偶神とみる資料もあり、サテトとは姉妹だとする説明も伝わる。エレファンティネの三柱をどう並べるかは、資料ごとに揺れている。地域の神々を父・母・子の型に流し込んだ編成であることが、この揺れによく現れている。
セヘル島には彼女の神殿があり、第13王朝のソベクヘテプ3世が祠あるいは祭壇を捧げた碑文が残る。ずっとのち、第18王朝のアメンヘテプ2世が同じ場所に礼拝堂を献じている。
文化的足跡
新王国期のエレファンティネでは、シェムウ季の第1月にアヌケトの川の行列が営まれた。碑文はクヌムとアヌケトの行列祭にも触れており、二柱が対で祝われていたことがわかる。
ヌビアのベイト・エル=ワリにあるラメセス2世の岩窟神殿では、クヌム・王・アヌケトの三体が岩から彫り出された壁龕が残る。エジプトの南の境で、この女神が王権の側に立って表されていたことを示す作例である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。