デア・マトロナ
マトロナ · マートロナ · モドロン
ガリアのマルヌ川に名を与えた母神。ガリア語の神名は「偉大なる母」を意味する。ウェールズのモドロンはこの語の直系の後裔にあたる。
解説
概要
デア・マトロナ(Dea Matrona、「神なる母」)は、ガリアのマルヌ川(古名マトロナ Matrŏna)に名を与えたケルトの女神である。
ガリア語の神名 Mātr-on-ā は「偉大なる母」を意味し、この川の女神は母神と解されてきた。名詞に指小・拡大の接尾辞 -on- を付す形は、ガリアの神名にしばしば現れる造りである。
神話・物語
固有の神話は伝わらない。この女神について語られるのは、名と、川と、母神という性格である。
ガリアの宗教画像には、母神を表すものが数多く残る。家庭の祠に置くために大量生産された安価なテラコッタ像も含まれ、そこでは女神が赤子に乳を与え、あるいは膝に果実や食物、小犬を抱く姿で表される。多くの地域では、こうした母神たちは三体(ときに二体)一組で描かれた。北ヨーロッパ全域に広く確認される三柱一組の母神については、マトレスの項に譲る。
ウェールズ神話のモドロンの名は、この語と同じ語源から出ている。モドロンの子マボンもまた、ガリアのマポノスと同源である。母と子の対が、大陸と島嶼の双方に同じ語形で残っていることになる。
図像と象徴
この女神を確実に描いたと言える作例は知られておらず、本サイトも神像を主画像に掲げない。掲げているのは、オート=マルヌ県バレム=シュル=マルヌにあるマルヌ川の源泉である。
理由は単純である。この女神は川そのものであり、その名の由来となった場所が現に存在する。ガロ=ローマ期の遺構がこの源泉から出土しており、水の湧く場所が祭祀の場であったことは確かめられている。
ガリアの授乳する母神のテラコッタ像は数多く残るが、そのいずれかをデア・マトロナと特定することはできない。母神像は広く作られており、名を刻んだものはごく少ない。名は碑文と地名に残り、姿は残らなかった。
関わる神格・伝承
マトレスおよびマトロナエと、名の上で直接つながる。マトロナエ(Matronae)は Matrona の複数形にほかならない。単数の川の女神と、複数形で呼ばれる三柱一組の母神たち——両者の関係をどう考えるかは、ケルト宗教史の論点の一つである。
ウェールズのモドロンは、この名の直系の後裔にあたる。『マビノギオン』の周辺伝承に現れるモドロン・フェルフ・アヴァッラハは、マボンの母として語られる。大陸の川の女神が、島嶼では物語のなかの人物になっている。
同じくガリアの母神としては、アウェタが知られる。
文化的足跡
マルヌ川はパリの東を流れてセーヌ川に注ぐ。その名が「偉大なる母」を意味する女神の名であることは、フランスの地名のなかでもよく引かれる例である。
第一次世界大戦のマルヌ会戦によって、この川の名は世界に知られることになった。二千年前にガリア人が母神の名で呼んだ川が、20世紀の戦史の用語として残っている。ケルトの神名がヨーロッパの地図に刻まれ続けている例は多いが、これほど広く知られたものは少ない。