テオニム THEONYM · 世界神話アーカイブ 神格を検索
弁才天
PLATE — 弁才天
DHARMA · 仏教の尊格
弁才天

弁才天

弁財天 · 弁天 · 宇賀弁才天

『弁才天及び四眷属像』浄瑠璃寺蔵(鎌倉時代・1212年) PUBLIC DOMAIN

仏教とともに日本へ伝わった女神。インドのサラスヴァティーを起源とし、水・音楽・弁舌・知恵を司る。のちに財福の神として七福神に加わり、琵琶を奏でる姿で親しまれる。

01

解説

概要

弁才天(べんざいてん)は、仏教の尊格の一柱として日本で広く信仰される女神である。インドの河の女神サラスヴァティーを起源とし、水を司るとともに、音楽・弁舌知恵をつかさどる。日本では後世に財福の性格を加え、七福神唯一の女神として、琵琶を奏でる姿で親しまれた。異国の神でありながら習合を重ねて日本の信仰に深く根を下ろした、その受容の厚みがこの神の見どころである。

神話・由来

源流のサラスヴァティーは、実在した聖なる河を神格化した水の女神であり、流れる水の連想から、やがて言葉・音楽・学芸をつかさどる神となった。ヒンドゥー教では創造神ブラフマー(梵天)の妃とされる。この女神が仏教にとり入れられ、『金光明最勝王経』の「大弁才天女品(ほん)」を主な典拠として日本へ伝わった。同経の説く弁才天は、八本の腕に弓・矢・刀・矛・斧などの武器を執る、鎮護国家の戦いの女神であった。今日おなじみの、琵琶を弾く二臂のたおやかな姿は、鎌倉時代以降に広まったものである。なお日本の弁才天は、起源をサラスヴァティーと同じくしつつも独自の展開を遂げた別個の神であり、両者を一体のものとして語ることはできない。

図像と象徴

弁才天の像容は、大きく二系統に分かれる。一つは『金光明経』に説く八臂像で、武器を手にした武神の相をとる。いま一つは二臂で琵琶を奏でる伎楽(ぎがく)の女神の相であり、こちらが広く親しまれた。中世以降には、出自の知れぬ蛇神である宇賀神(うがじん)と結びついた宇賀弁才天が現れる。頭上に翁の顔をもつ白蛇の宇賀神をいただき、八本の手には武器に代えて宝珠と鍵を執るその姿は、福徳・財宝の神としての性格を色濃く映す。本項に掲げるのは鎌倉時代の作で、弁才天とその眷属を描いた古い作例である。

もとが河の女神であり、また蛇神と結びついたことから、弁才天の信仰は一貫して水と縁が深い。社寺の多くが池や川の中島、あるいは海に臨む地に営まれ、日本三大弁天と称される江島神社・竹生島の宝厳寺・厳島神社は、いずれも水辺に鎮座する。

系譜と関係

弁才天は、習合の網の目のなかにある神である。神道の側では、日本神話水の女神市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)と同一視され、竹生島や厳島では神仏分離以前、両者は分かちがたく祀られていた。仏教の側では、本地垂迹の枠組みのなかで諸尊と結ばれ、蛇神宇賀神とも一体化した。

表記もまた、その性格の変化を映している。もとは弁舌・才知を意味する「弁才天」であったが、財福の神としての信仰が加わるにつれ、鎌倉時代以降「弁財天」の表記が広まった。江戸期には富をもたらす神として庶民に親しまれ、銭洗弁天のような信仰習俗も各地に生まれた。

文化的足跡

琵琶を抱く艶やかな弁才天の姿は、絵画・彫刻の好画題であり続けた。七福神めぐりや宝船の図のなかにも、必ずその姿がある。今日でも音楽・芸能・学問の上達を願う人々の参詣を集め、水辺の弁天堂は各地の景観に溶け込んでいる。現代の創作にもしばしば取り上げられるが、そこでの造形は作品ごとの意匠であり、信仰や原典の伝える弁才天とは切り分けて捉えるのがよい。

02

領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
サラスヴァティー ヒンドゥー神話 同一視
仏教を通じた習合。金光明経などにより中国を経て日本へ伝わり、本地垂迹の枠組みのなかで七福神の弁才天(弁財天)として受容された。
03

資料

Wikidata
Q818468 — 骨格データの出典
Commons
Benzaiten — 図像カテゴリ