マナナン・マクリル
マナナーン・マクリール · マナナン・マク・リル · マナナーン・マクリル
アイルランド・マン島・スコットランドに伝わる海神。異界の島の王として霧で住処を隠し、波を渡る舟と馬、必中の剣を持つ。マン島の名の由来とされる。
解説
概要
マナナン・マクリル(Manannán mac Lir)は、アイルランド・マン島・スコットランドのゲール語圏に伝わる海の神である。トゥアハ・デ・ダナーンの一員に数えられ、同時に異界の島の王・守護者として、海を越えて訪れる者を迎え、あるいは試す。その領する国はエウィン・アヴラハ(「林檎の島」)、マグ・メル(「歓びの平原」)、ティール・タルンギレ(「約束の国」)などの名で呼ばれ、いずれもティル・ナ・ノーグと総称される異界の島々である。
名の解釈は分かれる。マン島の名に「〜の者」を表す接尾辞を付したものとする説と、逆に島が神の名を負ったとする説がある。中世アイルランドの伝承は後者、すなわち島名が神に由来するという理解を採る。島名そのものはケルト語の「山・隆起」あるいは印欧祖語の「水」に遡るとされる。
「マクリル」は字義どおりには「リルの子」である。しかしリルという名の人物はアイルランドの伝承にほとんど現れない。その初出は15世紀の『リルの子らの最期』——白鳥の騎士伝説の型を借りて成立した比較的新しい物語——であって、マナナンの初出である8世紀の『ブランの航海』よりはるかに後れる。クノ・マイヤーはこの不自然さを指摘し、「マクリル」は「海の子」と読むべきで、この神が海を住処とすることを指すのだと論じた。別の添え名マク・アロイド(「土地の子」)と併せれば、彼は海と陸の双方の子ということになる。
神話・物語
彼はアイルランドの四つの物語群のすべてに姿を見せるが、主役を務める話は多くない。最も古いのは『ブランの航海』(8世紀)である。海を行くブランの舟に、戦車を駆って波の上を来た彼が行き会う。海はお前には水だろうが、自分には花の咲き乱れる歓びの平原なのだ、と彼は告げる。同じ場面で、これからアイルランドへ渡ってキャンティゲルンとのあいだにモンガーンを儲けると予言する。この舟旅の物語はイムラヴと呼ばれる一群の代表作である。
モンガーンは実在の人物である。6世紀末に生まれたアルスター上王フィアハナの子モンガーン・マク・フィアハナイであり、『モンガーンの誕生』は、フィアハナへの助勢の見返りに彼の姿を借りて妻と一夜を過ごす許しを得た、という筋で神話と歴史のずれを埋めている。
アルスター・サイクルの『クー・フーリンの病臥』では、妻ファンドがクー・フーリンと契りを結ぶ。ファンドは、英雄の妻エウェルが自分に劣らぬことを見て取って身を引き、マナナンのもとへ戻る。彼が二人のあいだで忘却の外套を振ると、二人は互いを思い出せなくなった。
『二つの乳桶の家の養育』は、人間(ミレー族)の到来ののちの彼の役割を語る。ボズヴ・ジャルグがトゥアハ・デ・ダナーンの王に選ばれ、マナナンはその上に立つ上王あるいは監督者となった。彼は残った神々に住むべきシーを割り当て、フェス・フィアダ(不可視の霧)で住処を覆い、永遠の若さを与えるゴヴニュの宴を催し、屠っても蘇る豚で食を絶やさなかった。神々が塚に退いたという理解の枠組みそのものが、この神に帰されている。
『コルマクの冒険』では、上王コルマク・マク・アルトに、揺すれば癒しの音を発する銀の枝と、偽りを述べれば割れる真実の杯を与える。老い・病・死・偽りを知らぬ国として自らの領地を語り、王をそこへ導いた。
図像と象徴
古代の図像はない。マナナンの姿はもっぱら物語の記述と持物によって知られる。動きの描写が印象的で、風のように、鷹か燕のように、あるいは地を転がる轟音の車輪のように進むとされる。マン島とレンスターの一部には、三本の脚で車輪のように回って行くという伝承があり、マン島の紋章である三脚巴はこの姿を表すと説明されてきた。ただし紋章の起源をめぐる議論は別にあり、この説明は伝承の側からの後づけである可能性が高い。ホイットリー・ストークスはこの三脚の伝承を知らなかったと述べており、地域差の大きい伝えである。
持物は多い。自ら進む舟スガヴァ・トゥンネ(「波を掃く者」)、海陸を分かたず駆ける馬エンヴァル、どんな傷も致命となる剣フラガラッハ(「答える者」)。舟と馬と剣はルーに貸し与えられ、あるいは贈られ、フォモールとの決戦では兜も鎧も彼から出た。フィアナに渡ったものもある。鶴の皮で作った「鶴袋」は、満潮のときだけ中身が見え、引き潮には空に見えたという。フィンの楯も、彼が工匠に作らせたものとされる。
もう一つの標識が霧である。フェス・フィアダは住処を隠し、忘却の外套は記憶を断つ。海の神であると同時に、境を覆い隠す神なのである。
本サイトが掲げるのは、北アイルランド・ゴートモアの丘に立つジョン・サットンの彫像(2013年)である。古代の像が一つも残らないため、現代の造形を掲げるほかない。この像は2015年に持ち去られ、のちに新たな像が据えられた。
系譜と関係
父はリル(「海」)。オルブセンとしての系譜では、エラハの子エロスの子とされる。『二つの乳桶の家の養育』では自らをダグザの養子と呼ぶ。
妻はファンド。ほかにアイネを妻とする伝えもあるが、同じアイネが娘とされることもある。娘には黄金の髪のニーヴ、クリーナ、オェングスに養育を託されたクルコグらの名が挙がる。『ブランの航海』の予言によって、モンガーンが後裔として系図に加えられた。養父としての相も強く、ルーやデアドラの子らを育てたとされる。
9世紀の『サナス・コルマク』は彼をマン島の名高い商人、西ヨーロッパ随一の航海者として人間化し、天を観て天候を読んだと記す。一方、1400年ごろの『レカンの黄書』は四人のマナンダンを区別する——トゥアハ・デ・ダナーンのドルイドでオルブセンを本名とするマク・アロイド、航海者にして商人のマク・リル、諸島とマン島の王マク・キルプ、そしてウシュネハの子らを迎えたマク・アトナイである。一人の神を歴史のなかに収めようとする中世の整理が、逆に伝承の層の厚さを見せている。
ウェールズの『マビノギオン』第三枝の主人公マナウィダン・アプ・スィールとは名が同源である。ただし物語の内容は大きく異なり、マナウィダンは海の神としての相をほとんど持たない。
文化的足跡
マン島では、彼が島の最初の支配者であったと語り継がれてきた。16世紀の「マン島の真の年代記」は、彼が魔術で島を霧に覆い、夏至の前夜に藺草の束を貢納として課したと記す。1504年の「伝承のバラッド」も同じ内容を歌にしている。藺草を捧げる習俗の記録は複数あり、この湿地の植物が彼に結びついていたことを示す。ペール城を一人の兵で守り抜かせた幻術の話も、島の語り手たちが伝えてきた。
モナハン州やドニゴール州には、聖パトリックや聖コルンバと力を競う民話が数多く残る。負けたマナンは鰻や鮭に変えられ、あるいは宝の樽とともに湖の底に沈められる。キリスト教化ののちも神の名が土地に生き続けたことを示す一群である。
『オドンネルの傭兵』や『ギラ・ジェカルの追跡』では、彼は貧しい従僕や醜い大男に身をやつして王侯の宮廷を巡り、音楽と幻術で相手を翻弄するトリックスターとして現れる。海神が同時に変幻の神でもあるという理解は、中世後期の伝承において明確である。
コーリブ湖の古名ロッホ・オルブセンは彼の別名に由来し、マン島・スコットランド・アイルランド各地の地名に名が残る。マン島とアイルランドを結ぶ高速船にも彼の名が付けられている。現代の幻想文学やゲーム作品には、海と異界を司る神としてしばしば登場する。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。