ネヘレニア
ネハレンニア · ネハレニア · Nehalenia
スヘルデ河口で崇拝された守護女神。船乗りと商人の航海を守り、犬と果物籠を伴う姿で無数の祭壇に刻まれた。
解説
概要
ネヘレニア(Nehalennia)は、2世紀から3世紀のガリア・ベルギカで、スヘルデ川の河口を行き来する旅人——とりわけ船乗りと商人——に崇拝された守護女神である。
起源は明らかでない。ケルト系ともゲルマン系とも論じられてきた。現在のオランダ・ゼーラント州、スヘルデ川が北海に注ぐあたりで見つかった多数の奉献祭壇に名と姿が刻まれている。
神話・物語
物語は伝わらない。この女神について知りうるのは、祭壇の銘と浮彫だけである。
発見の経緯そのものが劇的であった。1645年、ドンブルフの海岸で嵐が砂丘を削り、それまで知られていなかった女神を祀る神殿跡と二十八の碑文が現れる。さらに1970年からは、コレインスプラート近くのオースタースヘルデで浚渫によって多数の祭壇と女性像の断片が引き上げられた。かつてそこにあった町ガンウェンタの神殿は、すでに海に沈んでいたのである。ケルンのドイツ地区でも二つの神殿跡が確認されている。
奉献者の多くは商人であり、銘には航海の無事を謝す文言が並ぶ。ブリタンニアとの交易に携わった者、陶器や塩や魚醤を運んだ者の名が読み取れる。ヴェリオカッセス族の地から来たウィドゥクスの子プラキドゥスが立てた祭壇は、その一例である。
図像と象徴
図像の型は安定している。女神は椅子に坐し、あるいは立ち、足もとに大きなおとなしい犬を従える。膝の上や傍らには果物の籠——多くは林檎——が置かれる。背後には貝殻形の龕がしつらえられ、船の舳先や櫂が添えられることもある。海の標識と豊穣の標識が同じ一体に共存している。
主画像はライデンのオランダ国立古代博物館が所蔵する祭壇で、上記のプラキドゥスが奉献したものである。犬と籠という定型がよく見て取れる。
持物から、この女神はもともと豊穣の女神であったと推測されている。祭壇と像が作られた200年ごろには、北海地域の旅人と商人を守る存在として主に祀られていた。犬は忠実な同伴者としても、癒しの徴としても解される。
系譜と関係
名の意味は定まらない。ラテン語起源でないことだけは一致している。グーテンブルンナーはゲルマン祖語 nehwa(近い)に結びつけたが、残りの部分を説明できなかった。ヒセリングはケルト系でもゲルマン系でもなく、印欧祖語 neiH-(導く)に遡るとした。デ・ステンペルはウェールズ語 halein(塩)、heli(海)と結び、ケルト語の halen-(海)に前置詞的な ne-(〜のところに)を冠した形とみて、「海のほとりにいる女」と解する。
同じ時代、同じ地域で祀られた土着の神々には、ブロリナ、フルダナ、フルストルガ、サンドラウディガ、セネウカエガ、ワグダウェルクスティス、ウィラデクディスがいる。いずれも名だけを残した神々であり、ネヘレニアはそのなかで際立って多くの作例を残した例にあたる。ドンブルフの神殿にはユピテル、ネプトゥーヌス、ウィクトーリアの像も納められていたが、ガンウェンタの神殿はこの女神だけに捧げられていた。
文化的足跡
ドンブルフの碑文は、17世紀のオランダの学者たちを強く刺激した。マルクス・ズエリウス・ファン・ボックスホルンは、この名をスキタイ語に結びつける性急な語源論を立てている。当時利用しえた言語学の道具で、ヨーロッパ諸言語と現代ペルシア語のあいだの既知のつながりを橋渡ししようとした試みであった。
コレインスプラートから引き上げられた膨大な祭壇群は、現在ライデンの国立古代博物館に収められ、その一部が常設展示されている。近年はオランダの異教復興運動のなかでこの女神への関心が高まっており、海に沈んだ神殿の女神が、四百年をかけて二度「発見」されたことになる。