プローテウス
プロテウス · プローテウス · Proteus
ナイル河口の島でアザラシを飼うギリシアの海神。予言の力を持つが語ることを嫌い、捕らえようとする者の前で次々に姿を変える。
解説
概要
プローテウス(Πρωτεύς / Prōteus)は、ナイル河口のパロス島でアザラシの群れを飼うとされる海神である。ポルキュース、ネーレウスとともに「海の老人」と呼ばれ、ポントスとガイアの子とする説と、ポセイドーンの子とする説がある。
彼の性格は二つの能力の組み合わせにある。予言ができるが、その力を使うことを好まない。そして捕まえようとすると次々に姿を変える。したがって彼から答えを得るには、変身し尽くすまで組み伏せ続けるほかない。神託を「乞う」のではなく「奪う」という形式が、この神の周りにだけ成立している。
神話・物語
『オデュッセイア』第4巻では、テーレマコスを迎えたメネラーオスが自らの体験として語る。トロイアからの帰路、エジプトへ流された彼はパロス島で二十日間も順風を待たされていた。プローテウスの娘エイドテエーが、父を押さえつけて方策を聞き出せと助言する。四人はアザラシの皮をかぶって浜で待ち伏せ、昼寝を始めた老神を押さえつけた。獅子、大蛇、豹、猪、流れる水、高く茂る樹——姿を変えて逃れようとする相手を離さずにいると、ついに元の姿に戻って答えた。ギリシアの諸将が神の怒りを買っていること、エジプトへ戻って犠牲を捧げるべきこと、小アイアースの溺死、兄アガメムノーンの最期、そしてオデュッセウスがカリュプソーに留められていること。この場面は『オデュッセイア』のなかで、離れた場所の出来事をまとめて読者に届ける役目を果たしている。
ウェルギリウス『農耕詩』では、蜜蜂を全滅させたアリスタイオスが母キューレーネーの助言に従って同じ手を使う。組み伏せられたプローテウスが明かしたのは、エウリュディケーの死をめぐるオルペウスとニュンペーたちの恨みであった。
エジプト王としての彼も伝わる。ディオニューソスがヘーラーの狂気に追われて彷徨ったとき、彼を歓待したという。さらにヘレネー伝説の異伝では、パリスが連れ去ったのは雲で作られた似姿にすぎず、本物のヘレネーはヘルメースによってエジプトへ運ばれ、この王のもとに保護されていたとされる。トロイア戦争が幻をめぐって戦われたことになるこの版は、ヘーロドトスやエウリピデス『ヘレネー』が採用した。ヘーロドトスは彼を、メンピス出身の実在の王として『歴史』に列挙している。
図像と象徴
古い壺絵には、魚の尾を持つ体から獅子や鹿や蝮が顔をのぞかせる姿で描かれたと伝えられる。ただし同じ図像はネーレウスにも用いられ、銘がなければ区別がつかない。変身する神を一枚の絵に収めるには、変身先を同時に生やすほかないという解決であり、アクタイオーンの角やキルケーの獣頭人身と同じ発想にあたる。
本ページの主画像はアンドレア・アルチャートの『エンブレム集』(1531年)第183図で、ヨルク・ブロイ(父)による木版である。古代の作例ではない。ルネサンスの寓意画において、彼は「定まらぬもの」「移ろいやすさ」の標章として定着した。神話の海神が、近世ヨーロッパで概念の記号に転じた過程を示す資料である。
系譜と関係
ポントスとガイアの子とする説、ポセイドーンの子とする説がある。アポロドーロスは「海の老人」の一覧から彼を外している。娘エイドテエー、子ポリュゴノスとテーレゴノス。この兄弟はヘーラクレースに相撲で殺された。
アイギュプトスの五十人の息子の一人にも同名の者がおり、ダナオスの娘ゴルゴポネーに殺されたと伝えられる。エジプト王プローテウスとの関係は明らかでない。
文化的足跡
英語の protean(変幻自在の)は彼の名に由来する。海王星の衛星プロテウス、腸内細菌のプロテウス属、そして手足の異常な成長を伴う遺伝子疾患プロテウス症候群にも、いずれも「姿の定まらないもの」という含意で名が与えられた。
一つの神名がこれほど多くの学名・病名に採られた例は多くない。予言を持ちながら語らず、押さえつけられて初めて答えるという性格よりも、変身の一点だけが近代に受け継がれた形になっている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。