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ワタツミ
PLATE — 綿津見神
YAMATO · 日本神話
綿津見神

ワタツミ

ワダツミ · 海神 · 綿津見大神

和多都美神社(長崎県対馬市)海中の鳥居/ブルーノ・プラス, CC BY-SA 4.0 CC BY-SA 4.0

日本神話の海の神。名は「海の神霊」を意味する。海幸山幸の物語では海の宮の主として現れ、その娘たちが皇統に連なる。

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解説

概要

ワタツミ(綿津見神、海神)は、記紀における海の神。「ワタ」は海の古語、「ツ」は「の」にあたる上代の格助詞、「ミ」は神霊を意味し、名そのものが「海の神霊」を表す。転じて、海や海原そのものを指す語としても用いられる。『古事記』は綿津見神・大綿津見神、『日本書紀』は少童命・海神・海神豊玉彦などと記す。単一の神格というより、複数の伝承が同じ名のもとに束ねられている神であり、その重なり方を解きほぐすところに、この神を読む面白さがある。

神話・物語

最初に現れるのは、神生みの段でイザナギイザナミのあいだに生まれた大綿津見神である。名からは海の主宰神と見えるが、記紀はその後、海原の統治をスサノオに命じており、位置づけは一貫しない。

次に現れるのが綿津見三神である。イザナギが黄泉から帰ってをしたとき、底津綿津見神・中津綿津見神・上津綿津見神の三柱が生まれた。同じ禊で底筒之男神・中筒之男神・上筒之男神の住吉三神も生まれており、海の底・中・表という三層に神を配する発想が共有されている。この三神が大綿津見神と同じ神なのか別の神なのかについては、古くから説が分かれ、決着を見ていない。

そして海幸山幸の物語では、綿津見大神が海の宮の主として登場する。釣針を失ったホオリは塩土老翁の助言に導かれてこの宮を訪れ、綿津見大神は失われた針を魚の喉から見つけ出させ、潮の満ち引きを操る潮満珠・潮涸珠を授けて地上へ帰した。娘のトヨタマヒメはホオリと結ばれ、その妹タマヨリビメは二人の子の妻となる。ここでの綿津見大神は豊玉彦とも呼ばれ、一般には大綿津見神と同一視されるが、記紀はその出自を書いていない。

図像と象徴

ワタツミを描いた古い図像は乏しく、この神は像よりも場所によって表されてきたと言ってよい。海に臨む社の立地、潮の満ち引きに合わせて姿を変える鳥居や磐座が、その受け皿である。長崎県対馬の和多都美神社は、社殿の前の鳥居が満潮時に海中に立つ姿で知られ、海神の宮という観念をそのまま地形に写している。

近世以降の絵画では、海幸山幸の物語を通じて間接的に表された。海の宮は竜宮として描かれ、綿津見大神も竜王めいた姿を与えられる。ただし記紀は宮の外観をほとんど描写せず、門のかたわらに桂の木があり、井戸があるとしか語らない。竜宮の造形は中世以降に付け加えられたものである。

象徴の要は、潮満珠・潮涸珠にある。潮の干満を意のままにする力を授けるという設定は、海を制する者が陸の争いを決するという構図を作り、海人の技術と航海の知が王権に取り込まれていく過程を映しているとも読まれてきた。

系譜と関係

綿津見三神の子である宇都志日金拆命(穂高見命)は、阿曇氏の祖神とされる。阿曇氏は北九州の志賀島を本拠とした海人の氏族で、その氏神を祀る志賀海神社は今も阿曇氏の末裔が宮司をつとめると伝えられる。穂高見命が信濃の穂高に降臨したという伝承は、阿曇氏が内陸へ進出した痕跡と解されている。海の神の系譜が、そのまま海人集団の由来譚になっている点が、この神の性格をよく示す。

娘にトヨタマヒメとタマヨリビメがあり、この二柱を介して、ワタツミの血はホオリ・ウガヤフキアエズを経て神武天皇へ流れ込む。山の神オオヤマツミと対をなす名として語られることも多い。海と山という二つの領域の神からそれぞれ后を迎えるという構図が、日向三代を貫いている。

文化的足跡

総本社とされる志賀海神社をはじめ、綿津見神社・海神社の名を持つ社は全国の沿岸部に広く分布する。対馬の和多都美神社、長野県安曇野の穂高神社など、阿曇氏の足跡をたどれる社も少なくない。航海の安全と漁の豊かさを願う信仰は、住吉三神への信仰と重なりながら受け継がれてきた。

「わたつみ」の語は早くから歌語となり、『万葉集』以来、海そのものを指して用いられる。第二次世界大戦の戦没学生の遺稿集『きけ わだつみのこえ』の書名もこの語による。神名が普通名詞へ広がり、やがて海を語るための言葉そのものになった例である。

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領分・別名

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

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資料

Wikidata
Q1474187 — 骨格データの出典
Commons
Watatsumi Shrine — 図像カテゴリ