波の乙女
エーギルの娘たち · ラーンの娘たち · 波の娘たち
エーギルとラーンのあいだに生まれた九人の娘。波そのものの擬人化で、名はいずれも海の状態を指す語である。ヘイムダルの九人の母と同一視する説がある。
解説
概要
波の乙女は、エーギルとラーンのあいだに生まれた九人の娘。波を擬人化した存在で、ヨトゥンの娘とされる。名はいずれも波の状態や性質を指す古ノルド語であり、うち数語は普通名詞としても用いられる。総称としての固有名はなく、原典では「エーギルの娘たち」「ラーンの娘たち」と呼ばれる。日本語の「波の乙女」は、この呼び方に対する定訳である。
登場する物語
固有の物語はない。この九人は、海が荒れる場面で名を挙げられる。
『古エッダ』「ヘルガクヴィザ・フンディングスバナ I」は、ヘルギの船団が高波を突き進む場面で「コールガの姉妹たち」の音が響いたと歌い、続く節では「エーギルの恐ろしい娘たち」が船——手綱をつけた海の馬——を覆そうとしたと歌う。個々の波に名があり、その名で呼びかけられている。海が荒れるとは、この九人が働くことである。
『詩語法』第25章は「海をどう言い換えるか」の項でこの九人を列挙する。同じ書のナフナスルル(名の一覧)にも別の一覧があり、そこではドロヴンがバーラに入れ替わる。
名と図像
九人の名と語義は次のとおりである。ヒミングレーヴァ(Himinglæva、「天が透けて見えるもの」)、ドゥーヴァ(Dúfa、「沈ませるもの」)、ブローズグハッダ(Blóðughadda、「血の髪」)、ヘヴリング(Hefring、「もたげるもの」)、ウズ(Uðr、「泡」)、フレン(Hrǫnn、「速いもの」)、ビュルギャ(Bylgja、「うねるもの」)、ドロヴン(Dröfn、「逆立つ波」)、コールガ(Kólga、「冷たいもの」)。ナフナスルルの一覧ではドロヴンがバーラ(Bára、「砕ける波」)に替わる。ウズ、フレン、ビュルギャ、ドロヴンは普通名詞としても「波」を意味し、ウズはオーディンの別名や川の名としても現れる。神の名と海の語彙が地続きになっている。
ブローズグハッダの解釈は割れる。ジョン・リンドウは波頭にできる赤みがかった泡を指すと見る。ルドルフ・シメクは、波の名としては適切とは言いがたいとしつつ、波頭から糸のように流れ落ちる水の見え方を言ったものかもしれないと述べる。
異教期の図像はない。この主題を絵画に持ち込んだのは19世紀のスウェーデンである。ニルス・ブロンメールの《水の精とエーギルの娘たち》(1850年、ストックホルム国立美術館)は、月の下の水辺でハープを弾く水の精ネッケンを中央に置き、そのまわりに波間から現れる娘たちを配した。ノルウェーのハンス・ダールも同じ主題を扱ったとされる作品を残しているが、題名の同定には留保が付いており、確実にこの九人を描いたと言い切れる近代絵画は多くない。
関係する神格
父はエーギル、母はラーン。九人という数から、ヘイムダルの九人の母と同一視する説が古くからある。ヘイムダルは九人の姉妹から生まれたとされ、海から生まれた神という読みはその出自の説明になる。ただし『ヒュンドラの歌』が挙げるヘイムダルの母たちの名——ギャールプ、グレイプ、エイストラ、エイルギャヴァ、ウールヴルーン、アンゲイヤ、イムズ、アトラ、ヤールンサクサ——は、エーギルの娘たちの名と一つも一致しない。ジョン・リンドウは、姉妹であることと数が九であることは符合するので、ヘイムダルの母についての伝承が二系統あったのかもしれないと述べる。
黄金の言い換えにも用いられた。『詩語法』は、エーギルが館の明かりとして黄金を用いたことから、黄金を「エーギルの娘たちの輝き」と呼ぶ習慣が生まれたと説明する。波が輝くという見え方と、海底に沈む財宝という連想が、一つの言い回しに重なっている。
文化的足跡
波に個別の名を与えるという発想は、スカルド詩の語彙に深く入り込んだ。海を「エーギルの娘たちの土地」と呼び、船をその上を行く馬と呼ぶ言い方は、海を一枚の平面としてではなく、九人の姉妹の集まりとして見る感覚に支えられている。
1878年にC・H・F・ペータースが発見した小惑星(191)コルガは、この九人の一人の名を採っている。海の状態を指す古ノルド語が、女の名を経て小惑星の名になった恰好である。