アナーヒター
アルドウィー・スーラー・アナーヒター · アナーヒト · アナーヒド
古代イランの水の女神。世界のすべての水の源である天上の大河そのものとされ、豊穣と出産を司る。戦士には勝利を授け、アケメネス朝以降とりわけ篤く崇拝された。
解説
概要
アナーヒター(アヴェスター語 Anāhitā)は、古代イランの水の女神である。アヴェスターでは「アルドウィー・スーラー・アナーヒター」——「湿潤にして力強く、清らかなる者」ほどの意——と三語を連ねた名で呼ばれる。世界のあらゆる水の源である天上の大河そのものであり、同時にその河を司るヤザタでもある。水を与える神として豊穣・出産・家畜の繁殖を司り、戦士には勝利を授けた。
神話・物語
ヤシュト第5歌(アーバーン・ヤシュト)がこの女神への讃歌である。アナーヒターの水は世界の中心にそびえる山ハラ・ベレザイティの頂から流れ出し、大海ヴォウルカシャに注いで、地上のすべての川と湖の源となる。その流れは、地上を流れる水をことごとく合わせたほどの大きさだと讃えられる。
讃歌の大部分は、神話の英雄たちが彼女に供犠して願いを述べる場面の連なりからなる。世界を人なきものにする力を求めた邪竜アジ・ダハーカ——のちのザッハーク——の願いは退けられ、その竜を討つ力を求めたスラエータオナ、すなわちフェリドゥーンの願いは聞き届けられた。誰の願いを容れ、誰を退けるかによって、この女神の性格が語られている。
図像と象徴
アーバーン・ヤシュトは、アナーヒターの姿を異例なほど細かく描く。高く帯を締めた美しい乙女で、四角い黄金の耳飾りと百の星をちりばめた黄金の冠をいただき、ビーバーの毛皮の外套をまとう。駆る戦車を牽くのは風・雨・雲・霰の名をもつ四頭の白馬である。神格の容姿がこれほど具体的に語られる例は、アヴェスターでは珍しい。
ギリシア語の史料は、アルタクセルクセス2世が帝国各地にアナーヒターの神像を建てさせたと伝える。イラン人が像を礼拝の対象とした最初期の例であり、メアリー・ボイスは、これへの反発から火を崇拝の中心に据える方向が強まったと論じた。サーサーン朝の岩壁浮彫では、ケルマーンシャーのターケ・ボスターンに、王ホスロー2世の叙任に立ち会う女性像がある。本サイトが掲げるのはこの像で、通例アナーヒターと解されるが、同定を疑う説もある。銀器に打ち出された女性像をこの女神とみる例も多く、やはり確証はない。像そのものは失われ、水辺に営まれた神殿の跡が残るのみである。
系譜と関係
アナーヒターはアフラ・マズダーの被造物であり、契約の神ミスラとしばしば並べて祀られた。アルタクセルクセス2世の碑文は、アフラ・マズダー・アナーヒター・ミスラの三柱を連ねて呼ぶ。
インドのサラスヴァティーとの関係は古くから論じられてきた。この女神の本来の名を *Harahvatī と再建し、ヴェーダのサラスヴァティーと同源とみる説である。ただし同源とされるのはその再建形であって、アナーヒターという呼称そのものではない。称号が本来の名に取って代わった結果とみる点に注意がいる。
西方では、メソポタミアのイシュタルとの習合が早くから進み、金星との結びつきと戦の女神という性格はここに由来するとみられる。ギリシア人は彼女をアナイティスと呼んでアルテミスに、またアプロディーテーになぞらえた。リュディアではキュベレーとも重ねられ、アルメニアではアナヒトとして厚く崇敬された。
文化的足跡
サーサーン朝の始祖アルダシール1世の一族は、イスタフルのアナーヒター神殿の祭司であったと伝えられる。王朝の草創にこの女神が果たした役割は大きく、初期の王たちは彼女への敬意を碑文に刻んだ。イスラーム化ののちも、泉や水辺の聖所にその信仰の残響を読む研究がある。現代のイランでは女性名として一般的であり、小惑星270番アナーヒターにもその名が与えられた。