テフヌト
テフェネト · テフヌウト · トフェニス
エジプト神話でシューと対をなす女神。ヘリオポリス九柱神の第一世代にあたり、獅子の頭で表される。湿気を司るとされるが、これは資料からの推定であって確定した領分ではない。
解説
概要
テフヌト(tfnt / Tefnut)は、エジプト神話の女神である。大気の神シューと対をなす双子の妹にして妻であり、ヘリオポリスの九柱神の第一世代を構成する。
一般に「湿気の女神」と紹介されるが、これは確定した領分ではない。『ピラミッド・テキスト』に彼女が水を生じさせる一節があること、そしてシューが乾いた大気を担うこととの対比から、エジプト学者が推定したものである。名の語源も定まらず、アトゥムが唾を吐いて生んだという伝承にちなむ擬音とする説が有力だが、月や時の経過に結びつける読みもある。単独の物語がほとんど残らず、つねに対の一方として語られる神格である。
神話・物語
ヘリオポリスの創世神話では、アトゥムがひとりで最初の一対を生む。『ピラミッド・テキスト』第527呪文は、アトゥムがくしゃみをして兄妹シューとテフヌトが生まれたと記す。別の版では唾を吐き出すことがそのまま生殖の行為となる。テフの音がエジプト語の「吐く」と重なることを踏まえた語呂合わせであり、コフィン・テキストは、シューは鼻から嚔とともに、テフヌトは唾のように吐き出されたと書き分ける。
もう一つの主題が、ラーの目としての出奔である。父に怒った女神が国を去り、雌獅子となって南の荒野に留まる。父はシューとトートを遣わし、言葉を尽くして連れ戻す。太陽の力が衰えた世界を救うために荒ぶる女神をなだめるという型で、後期の神殿文書はこの筋をムトやハトホルにも当てはめた。デモティックのライデン・パピルスに残る版では、出奔した女神は初めテフヌトと呼ばれ、テーベに入るとムト、父と和解するとハトホルへと名を変える。名の乗り換えそのものが、この神話の構造である。
図像と象徴
九柱神の一員として描かれるときは、雌獅子の頭をもつ女性である。雌獅子そのもの、あるいは完全な人の姿もとる。頭上にはコブラ(ウラエウス)、あるいはコブラと日輪を戴く。獅子頭の蛇として表される例もある。
特徴的なのは、シューとの対で用いられた造形である。頸飾の錘(メナト)には、兄妹の頭が背中合わせに、あるいは並べて鋳出された。一対でなければ意味をなさない神格が、器物の形にそのまま現れている。
第18〜19王朝、とくにアマルナ時代には、植物の芽の生えた低く平たい冠を戴く人の姿で描かれた。アクエンアテンの母ティイが同型の冠をかぶり、ハトホル・テフヌトと自らを重ねた例が知られる。ネフェルティティの青冠がこのティイの冠に由来するというタイルズリーの推定も、この系譜の上にある。
系譜と関係
アトゥム(ラーと習合してのちはラー)の娘。シューの双子の妹にして妻であり、ゲブとヌトの母、オシリス・イシス・セト・ネフティスの祖母にあたる。ヘリオポリスの九柱神は、この一対から下へ枝分かれしていく。
ラーの目としての相では、バステト・セクメト・ハトホルと重なる。獅子の姿をとる太陽神の娘という条件を共有するため、図像の上でも判別が難しい。テーベではヘリオポリス神学の影響下でムト・テフヌトという固有形が生まれ、同じ神域のなかで二柱が一つに数えられた。
文化的足跡
祭祀の中心はヘリオポリスと、雌獅子の女神を祀るレオントポリス(現テル・エル=ムクダム)である。ヘリオポリスでは九柱神の一員として神殿儀礼に組み込まれ、神官が身を清める場面で名が唱えられた。カルナックでも九柱神の一柱として祈願の対象となっている。
物語をほとんど残さないまま、体系の骨格を支え続けた神格である。エジプトの神々が個々の逸話ではなく配置によって意味をもつことを、この女神ほど明瞭に示す例は少ない。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。