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PLATE — SEQUANA
CELTAE · ケルト神話
SEQUANA

セクアナ

セークァナ · Dea Sequana

セーヌ川源泉の女神。癒しを求める巡礼が千五百を超える奉納品を捧げ、鴨の形の舟に立つ青銅像が残る。

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解説

概要

セクアナ(Sequana)は、セーヌ川——とりわけその源泉——の女神である。起源はケルトにあり、ガリアの征服後、ガロ=ローマ期の地方的な信仰として引き継がれた。

主要な聖所はブルゴーニュ北部、シャティヨン=シュル=セーヌ近くのセーヌ川の源にある。フォンテス・セクアナエ(セクアナの泉)と呼ばれたこの地の発掘により、神殿複合と千五百点を超える奉納品が見つかった。癒しの女神でもあった。

神話・物語

物語は伝わらない。この女神について語りうるのは、聖所の構造と、そこに捧げられた品々である。

1836年から1967年にかけての発掘によって、聖所の変遷をたどることができる。紀元前2世紀から1世紀、ガリア人が単純な方形の室を建て、おそらく女神の像を納め、その周囲を参拝者の集まる開廊が囲んでいた。西暦50年ごろ、湧水を導く石造の水路と貯水域が作られる。次いで九十メートルに及ぶ壮大な計画のもとに建物が加えられた。七室からなる長い建物は祭司の用に供されたとみられ、北には四本の柱を持つ堂々たる入口が長い中庭へ導く。中庭の東側は屋根つきの列柱廊で、三段の階段を下りると泉と水路と貯水槽に至る。

巡礼は健康の回復を願い、あるいは過去の助力を謝すために訪れた。奉納品の銘から、訪問者の身分が一部わかる。奴隷が一人、男性の「市民」が一人、複数の女性——四人の「巡礼」と一人の女性「市民」——である。

図像と象徴

奉納品は石・青銅・木で作られ、多くが身体の部位を象る。目、四肢、性器、内臓。病や傷を象って女神の介入による治癒を願ったものと解される。捧げ物を運ぶ巡礼自身を象った小像もあり、金銭、果物、あるいは飼っていた犬や鳥を抱えている。呼吸器の病と眼の病が多かったことが、部位の内訳から読み取れる。多くが大量生産されており、聖所の周りに奉納品の商いがあったらしい。

木彫の等身大の人像は、当時湿地だった場所に投げ込まれ、のちに埋め立てられた。水浸しの土壌が酸素を絶ったために腐らずに残り、ポリエチレングリコール水溶液に浸して細胞内の水を置換する処置によって保存された。

「デアエ・セクアナエ・ルフス・ドナウィト」(女神セクアナにルフスがこれを捧ぐ)と刻まれた大きな土器も出土した。中には八百枚の青銅貨と百二十点の青銅の奉納品を納めた小壺が入っていた。一人の奉納にしては多すぎるため、後代の盗掘者が戦利品を隠したものと考えられている。

女神自身の像とされるのは、長衣をまとい冠をいただいて舟に立つ青銅像である。舟の舳先は口に玉をくわえた鴨の頭の形をしている。ディジョンの考古博物館に収められているが、当サイトでは主画像を掲げない。撮影の帰属が確認できる画像が見つかっていないためである。

系譜と関係

名はセーヌ川のラテン語名セクアナと同じであり、川の名と女神の名は分かちがたい。ガリアには水と結びついた女神が数多く、スリスベリサマ、そしてマルヌ川のマトロナがその例である。いずれも土地の水そのものを人格として立てた神格であり、擬人化の一つの形といえる。

碑文から、この聖所では神託も行われていたと考えられている。ガリアの治癒聖所が、癒しと予言の両方を担う場であったことを示す例である。ローマの神との同一視は記録されておらず、この女神はローマ期を通じて土着の名のまま祀られ続けた。

文化的足跡

セーヌの源泉は、19世紀にパリ市が買い上げて公園として整備し、人工の洞窟にニンフの像を据えた。古代の聖所の記憶が、都市の水源としてのセーヌへの敬意と重ねられた結果である。フォンテス・セクアナエの奉納品群はディジョンの考古博物館に収蔵され、ガリアの治癒信仰を具体的に語る資料として、しばしばバースのスリスの聖所と並べて論じられてきた。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q472766 — 骨格データの出典