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ラーン
PLATE — RÁN
NORÐR · 北欧神話
RÁN

ラーン

ラン · ロン · Rán

ヨハネス・ゲールツ画(1901年、F・ダーン/T・ダーン『ヴァルハラ——ゲルマンの神々と英雄の物語』所収) PUBLIC DOMAIN

北欧神話で海を体現する女神。エーギルの妻であり、大きな網を張って海に出た者を絡め取る。溺れた者が行き着く海底の館の主として語られる。

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解説

概要

ラーン(Rán)は、北欧神話海の女神エーギルの妻で、波の乙女と呼ばれる九人の娘の母である。名は古ノルド語の普通名詞 rán と同形で、「略奪」「強奪」を意味する。ルドルフ・シメクは語義がなお完全には解けていないとしつつ、この名は「奪う者」と理解されていたのだろうと述べ、「支配する」を意味する ráða との関係は否定している。

海を体現する存在が二人いて、夫婦になっている——それがこの女神を読むうえでの要である。シメクの整理では、エーギルが海の親しみやすい側面を人格化するのに対し、ラーンは不吉な側面を担う。ヴァイキング期末のアイスランドの船乗りにとって、海はもてなす主人であると同時に、網を張って待つ者だった。

神話・物語

主役を務める物語はない。この女神は、たいてい他人の遭難として現れる。

『詩語法』第33章は、アース神たちがラーンの網の存在を知る場面を伝える。彼女は海に出る者をことごとく絡め取る網を持っていた。この網をロキが借りに行く話が『古エッダ』「レギンの言葉」の散文前書きと『ヴォルスンガ・サガ』にある。オーディン、ヘーニルとともに旅していたロキが黄金による償いを求められ、ラーンから網を借りて滝へ向かい、梭子魚の姿でいたアンドヴァリを捕らえるのである。ヘンリー・アダムズ・ベロウズは、他の資料ではロキが素手で梭子魚を摑んでおり、網を用いる形は異伝であると注記している。

「ヘルガクヴィザ・フンディングスバナ I」では、荒れた海を進むヘルギの船をワルキューレシグルーンが守る。キャロライン・ラリントンは訳注で、ラーンは網で人を捕らえて溺れさせようとする者であり、「海の女神に与える」とは「溺れさせる」ことだと説明している。

10世紀アイスランドのスカルド、エギル・スカラグリームソンは、海で溺れた息子ボズヴァルを悼む『息子を失って』で、海そのものを人格として名指して恨む。エーギルを「麦酒鍛冶」と呼び、その妻——すなわちラーン——を斬り殺してやりたいと詠んだ。海に恨みをぶつけるのに、擬人化がこれほど実用的に働いている例は珍しい。

『フリドショーヴのサガ』では、嵐に襲われた主人公が、まもなくラーンの寝床で休むことになるだろうと嘆く。そして、どうせラーンのもとへ行くのなら見苦しくない身なりで行くべきだと言い、黄金を分けて各人に持たせた。海へ出るときは黄金を携えるという慣習の由来として、しばしば引かれる場面である。

図像と象徴

異教期の造形でラーンと同定できるものはない。この女神を形づくったのは詩の言い回しである。

海そのものを指すケニングに、この名は繰り返し用いられた。「ラーンの土地」「ラーンの館」「ラーンの道」「ラーンの寝床」——いずれも海を意味する。11世紀のホヴガルザ=レヴ・ゲストソンは、船が「白いラーンの口」から赤く塗られた胸を引き剝がすと詠み、波間を進む船を、女の口から逃れる姿として描いた。黄金の言い換えも同じ経路をとる。エーギルが館の中央に置いた黄金が明かりの役を果たしたことから、黄金を「エーギルの火」「ラーンの光」と呼ぶ習慣が生まれた。海底に沈む財宝と、広間を照らす財宝が、一つの言葉に畳み込まれている。

近代の図像は、網という一点に集中する。ヨハネス・ゲールツの《ラーン》(1901年、F・ダーンとT・ダーンの『ヴァルハラ』所収)は、画面を上下に割る。上では男が砕けた帆桁にしがみつき、下では長い髪を水に広げた女が網を手にして待つ。海底には先に沈んだ者たちの骨が散らばっている。F・W・ハイネの挿絵(1882年)はエーギルと並べて描き、こちらでは錨の綱を引く姿をとる。持物も座も定まらないこの女神にあって、網だけが図像の定型になった。

系譜と関係

夫はエーギル。九人の娘は波の擬人化で、名はいずれも海の状態を指す語である。この九人をヘイムダルの九人の母と同一視する説があり、そうであれば見張りの神は波から生まれたことになる。ただし両者の名簿は一致せず、ジョン・リンドウは、姉妹であることと数が九であることは符合するものの、別々の伝承が並存した可能性を指摘する。

『詩語法』はエーギル、フレール、ギュミルを同じものとする。ギュミルはフレイの妻ゲルズの父の名でもあるため、ラーンをゲルズの母と読むこともできるが、ギュミルの同一性そのものが決着していない。

死者との関係には、整った冥界像が伴わない。シメクはラーンを海底の死者の国の支配者と見る。『エイルビュッギャ・サガ』には、溺死者の霊が自分の葬宴に現れるのは彼らがラーンに歓待された証だという信仰が記されている。ヘルの館ともヴァルハラとも別の行き先が、海に出る者には用意されていたことになる。

文化的足跡

「ラーンのもとへ行く」は、溺れることを指す言い回しとして北欧の文学に残った。海で人が死ぬという出来事に、加害者の名を与えて語る作法である。

2015年、国際天文学連合はエリダヌス座イプシロン星に「ラーン」の名を承認した。同時にその惑星は「アイギル」と名づけられており、夫婦が並んで空に置かれた恰好になっている。現代の創作でも、この女神はほぼ例外なく網とともに現れる。原典が残した持物が一つしかない以上、それは無理からぬ帰結である。

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領分・別名

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

RÁN
ラーン
北欧神話
ÆGIR
エーギル
配偶者
収載データなし
RÁN
ラーン
北欧神話
収載データなし
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資料

Wikidata
Q663348 — 骨格データの出典
Commons
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