セーヌ水源の女神セクアナ像(ガロ=ローマ期、ディジョン考古学博物館蔵)/撮影 FULBERT, CC BY-SA 4.0
荒ぶる海
海の神は、穏やかではない。ギリシアのポセイドーンは「大地を揺るがす者」と呼ばれ、三叉の矛で嵐と地震を起こす。カナンのヤムは嵐の神バアルと王権を争って敗れる。日本のワタツミは海神であり、山幸彦が訪れる海の宮の主だが、その海は潮の干満を操る力の源でもある。北欧のエーギルは神々を饗宴に招く一方で、その妻ラーンは網で船乗りを海底へ引きずり込む。
海は、農耕の水ではない。飲めず、耕せず、時に人を呑む。海の神が荒ぶるのは、海がそういうものだからである。海の神を持つのは海に接した社会であり、内陸のメソポタミアでは海の神は原初の水として神話の背景に退いた。
川そのものである神
川は、海と違って恵みである。そして川は、しばしば神そのものになる。
インドのガンガーは、川であり女神である。天から降る水をシヴァが髪で受け止めて地上に導いたとされ、その水に浸かることが浄めになる。アイルランドのボアンはボイン川の女神であり、川の水源である泉を覗いた罰として水に呑まれて川になった。ガリアのセクアナはセーヌ川の女神であり、その水源には奉納物が積まれた。
川の神と海の神の違いは、川が「〜の神」ではなく「〜そのもの」である点にある。ポセイドーンは海を支配するが、海ではない。ガンガーは川を支配するのではなく、川である。この違いは、水が人の生活にどう関わるかの違いを映している。海は向こうにあり、川はここを流れる。
本サイトでケルトの水神が八柱と体系規模のわりに多いのは、川と泉がそのまま神として記録されたからである。
泉と癒し
泉は、水のなかで最も小さく、最も個別的な神を生む。
スリスはイングランドのバースに湧く温泉の女神で、ローマ人はこれをミネルウァと同一視した。泉には鉛の板に呪いを刻んだ奉納物が多数投げ込まれており、盗まれた衣服の返還を女神に祈る文言が読める。ガリアのグランヌスは温泉の神であり、アポローンと同一視された。泉の神は病を癒す。温泉が病を癒したからである。
第12章で改めて扱うが、ケルトの癒しの神が十三柱と多いのは、泉の神がそのまま癒しの神として記録されたことによる。水と癒しは、泉において一つになった。
世界の前にある水
海でも川でも泉でもない、第四の水がある。世界の前に横たわっていた原初の水である。
エジプトのヌンは、天地の前にあった無限の水であり、そこから最初の丘が現れて創造が始まる。シュメールのナンムは、天と地を生んだ原初の海である。バビロニアのティアマトは塩水の海であり、淡水のアプスーと交わって神々を生み、後にマルドゥクに倒されてその身体から天地が作られる。
原初の水は、第3章で見た創世神話の素材である。それは神であるが、崇拝の対象というより、世界がそこから出てきた場所である。ヌンに神殿はなく、ティアマトは倒されるために存在する。原初の水は、海の神のように荒ぶるのでもなく、川の神のように恵むのでもなく、ただ先にある。
水と豊穣
本サイトの役割の共起を見ると、水神と豊穣神を兼ねる神格が十四柱ある。水神が兼ねる役割のなかで最も多い。
北欧のニョルズは海と航海の神であり、同時に富と豊穣の神である。ヴァン神族の出であり、農耕と海運の両方の恵みを担う。メソポタミアのエンキは淡水の神であり、知恵と創造と豊穣の神でもある。灌漑によって農耕が成り立つ土地では、淡水は豊穣そのものだった。
水が豊穣を兼ねるのは、その社会が水によって食べていたからである。海運の社会では海が富であり、灌漑の社会では川が富である。どの水が豊穣神になるかは、その社会がどの水で食べていたかを示している。
一柱ではなく無数
最後に、本サイトのギリシアの水神十六柱の内訳を見る。ポセイドーン、オーケアノス、ネーレウスといった大神のほかに、ニンフたちが多くを占める。泉のナイアス、海のネーレーイス、川の神々。ギリシアの水は、一柱の神が支配するのではなく、無数の小さな存在が宿るものとして表象された。
これは水の神格化の、もう一つの方法である。エジプトが太陽を時刻で分割したように、ギリシアは水を場所で分割した。どの泉にも、どの入り江にも、名を持つニンフがいる。水は一つではなく、水のある場所の数だけあった。
海、川、泉、原初の水。そして一柱か、無数か。水が神になる方法は、水の形と、水との付き合い方の数だけある。役割ページの「水神・海神」は、これらを一つのファセットにまとめているが、その内側にある分割を読むことが、この役割を読むことである。