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マルドゥク
PLATE — 𒀭𒀫𒌓
SVMER · メソポタミア神話
𒀭𒀫𒌓

マルドゥク

マルドゥーク · メロダク

Osama Shukir Muhammed Amin CC BY-SA 4.0

古代バビロンの都市神で、前2千年紀後半のネブカドネザル1世の時代にメソポタミアの神々の長となった。『エヌマ・エリシュ』では原初の海ティアマトを討ってその体から世界を造り、五十の名を授けられた。鋤と竜ムシュフシュを象徴とし、ベールとも呼ばれた。

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解説

概要

マルドゥク(𒀭𒀫𒌓 / Marduk)は、古代バビロンの都市神で、のちにメソポタミアの神々の長に立った神である。創造叙事詩『エヌマ・エリシュ』では、原初の海の女神ティアマトを打ち倒し、その体から世界を造った。知恵の神エア(エンキ)の子とされ、鋤と竜ムシュフシュを象徴とする。メソポタミア神話の体系に含めて扱う。

名は楔形文字でdAMAR.UTUと書かれ、ふつう「太陽神ウトゥの若い雄牛」の意と解される。ただし太陽神との系譜上のつながりはない。

神話・物語

マルドゥクの名は前3千年紀にわずかに現れ、最古の言及は、バビロンとみられる町の支配者が彼の神殿を建てたという断片的な碑文である。ハンムラビの時代には、なおエンリルが最高の権威と認められていた。マルドゥクが神々の長として祀り上げられたのは、前2千年紀後半のネブカドネザル1世の時代で、その至高性の思想は彼とその後継者によって広められた。

『エヌマ・エリシュ』では、若い神々に怒ったティアマトが怪物の軍勢を率いて神々を脅かしたとき、神々は王位を約してマルドゥクを戦いの頭に選んだ。マルドゥクは風と嵐を武器にティアマトを討ち、その亡骸から世界を造り、バビロンをその中心に据えた。マルドゥクの考えに従い、エアは反逆の神キングの血から人間を造り、神々の労働を担わせた。天命の書板を手にしたマルドゥクは王と宣され、神々から五十の名を授けられた。

信仰

マルドゥクの像は、たびたびバビロンから持ち去られた。ヒッタイトのムルシリ1世はマルドゥクとザルパニトゥの像を奪い、のちアグム2世のもとで戻された。エラムの王はこれをエラムへ運び、ネブカドネザル1世の遠征で取り戻された。アッシリアのトゥクルティ・ニヌルタ1世もこれをアッシリアへ持ち去った。前689年にはセンナケリブがバビロンを破壊し、像はシャマシュ・シュム・ウキンのもとで戻された。

新年祭アキトゥはマルドゥクと結びつき、アッシリアのティグラト・ピレセル3世やサルゴン2世もバビロンのアキトゥに参列した。ある儀礼の書板によれば、この祭で『エヌマ・エリシュ』が朗誦され、おそらく演じられた。

細かな楔形文字で覆われた、縦長の大きな粘土板
バビロンの新年祭アキトゥの次第を記した粘土板(前1千年紀末の写本、ルーヴル美術館)Zunkir / CC BY-SA 4.0 — Wikimedia Commons

図像と象徴

マルドゥクの象徴は鋤と、竜のような姿をしたムシュフシュである。本サイトが掲げるのは、ベルリンのペルガモン博物館に復元された、新バビロニア時代(前6世紀)のイシュタル門の彩釉煉瓦のムシュフシュである。

灰色の石の浮彫に、先端が三角形の細長い鋤と、その隣に棒状の尖筆が並んで立つ
マルドゥクの鋤(左)とナブーの尖筆(中央)(ベール・ハラン・ベーリ・ウツルの石碑の部分、前8世紀、イスタンブール古代オリエント博物館)Osama Shukir Muhammed Amin FRCP(Glasg) / CC BY-SA 4.0 — Wikimedia Commons

系譜と関係

父はエア(エンキ)、妻はザルパニトゥ。子のナブーは、はじめマルドゥクの書記であったが、カッシート時代にその子とみなされるようになった。前1千年紀には「主」を意味するベールの名で呼ばれるのがふつうになった。ギリシアではゼウスにあたる神とされた。

文化的足跡

ヘブライ語聖書には「メロダク」の名で現れる(『エレミヤ書』50章2節)。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
ゼウス ギリシア神話 同一視
部分的・後代の同一視。ヘレニズム期にバビロンの主神ベル・マルドゥクがギリシアのゼウスと同定された(ゼウス・ベロス)。全面的な等置ではない。

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。

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資料

Wikidata
Q190123 — 骨格データの出典
Commons
Marduk — 図像カテゴリ