春斎年昌《岩戸神楽之起顕》(1887年)/WIKIMEDIA COMMONS、パブリックドメイン
太陽が女神である体系
日本の天照大神は、皇祖神であり太陽であり、女神である。北欧のソールは、狼に追われて天を駆ける太陽の女神であり、月のマーニは男神である。ケルトのスリスはバースの温泉に祀られた女神で、名は太陽を意味する語に遡るとされる。ウガリットのシャプシュは「神々の松明」と呼ばれる太陽の女神で、バアルの死の物語で重要な役を担う。
太陽を女神とする体系は、少数だが確かにある。そしてそれらの体系では、月が男神であることが多い。
太陽が男神である体系
ギリシアのヘーリオス、エジプトのラー、インドのスーリヤ、メソポタミアのシャマシュ、インカのインティ、アステカのトナティウ。太陽を男神とする体系は多数派であり、ギリシアではその対として月のセレーネーが女神になる。
太陽が女神なら月は男神、太陽が男神なら月は女神。この対称は、多くの体系で成り立つ。だが、成り立たない例もある。エジプトでは太陽ラーが男神で、月のトートもコンスも男神である。メソポタミアでは太陽シャマシュが男神で、月のシンも男神である。日本では太陽が女神で、月の月読は性別が明確に語られない。
対称は法則ではなく、傾向にすぎない。
「太陽が女神なら母系社会」という誘惑
十九世紀の学者は、この性別の分布から社会構造を読み取ろうとした。太陽を女神とする民族は母系社会であり、男神とする民族は父系社会である、という推論である。
これは第2章で警告した種類の誘惑である。天照大神を戴く日本は、父系の皇統を持つ。反例は一つで足りる。性別の分布と社会の構造は、対応していない。神の性別は、その神を語る言語の文法や、先行する信仰の層や、たまたま残った神話の筋書きによって決まっており、社会の鏡ではない。
月は太陽の半分しか神にならない
本サイトの役割で見ると、太陽神は三十九柱、月神は十九柱である。月は太陽のほぼ半分しか神になっていない。
さらに内訳を見ると、太陽神はエジプトに十二柱が集中し、ヒンドゥーに五柱、スラヴとアステカに三柱ずつある。月神はどの体系も一〜三柱で頭打ちであり、突出する体系がない。太陽神は偏在し、月神は分散する。
もう一つ、太陽と月の両方を役割とする神格は、本サイトに一柱もない。太陽と月は、一つの神が兼ねることのない、完全に別の職能として扱われてきた。
エジプトの十二柱
エジプトの太陽神が十二柱もあるのは、一つの太陽を時刻ごとに別の神に割ったからである。朝の太陽はケプリで、糞玉を転がすスカラベの姿をとる。昼の太陽はラーである。夕方の太陽はアトゥムで、老いた姿をとる。さらにアテンは太陽円盤そのものであり、ラー・ホルアクティは地平線の太陽である。
一つの天体が、その運行の局面ごとに別の名と別の姿を持つ。これは太陽が神になったのではなく、太陽の一日が神々の物語になったのである。エジプトの太陽崇拝の厚さは、太陽が重要だったからだけではなく、太陽を分割して語る方法を持っていたことによる。
暦が決めること
月が神になりにくい、というのは正確ではない。月が神になる体系と、ならない体系がある。
メソポタミアの月神シンは、ウルとハランで主神として祀られ、太陽神シャマシュはその子とされた。月が太陽の親である。この序列は、メソポタミアの暦が太陰暦であり、月の満ち欠けが生活の時間を刻んでいたことと対応する。イスラーム暦も太陰暦であり、月は新月の観測によって始まる。
一方、太陽暦の社会では、月は暦の基準ではなく、季節を告げる補助にすぎなくなる。エジプトの暦はナイルの氾濫と恒星シリウスの出現に基づく太陽暦であり、月神トートは暦と書記の神ではあっても、時間の主ではなかった。
月が神になるかどうかは、月が時間を決めていたかどうかによる。太陽はどの社会でも昼を作るが、月が時間を作ったのは、月を数えた社会だけである。
対にならない二つ
太陽と月は、対として語られることが多い。だが本サイトの数字は、両者が対称ではないことを示している。太陽は偏在し、月は分散する。太陽は多くの体系で主神に近い位置を占め、月は暦を握った社会でしか主神にならない。性別の対称も、傾向であって法則ではない。
役割ページの「太陽神」と「月神」は、この非対称を前提に読んでほしい。二つを並べたとき、対になっていないことのほうが、対になっていることより多くを語っている。