スーリヤ
日天 · ラヴィ · アルカ
インドの太陽神。七頭の馬に牽かせた戦車で天を渡る。ヴェーダの複数の太陽的神格が統合された姿であり、仏教では十二天の日天となった。
解説
概要
スーリヤ(सूर्य / Sūrya)は、インドの太陽神である。七頭の馬に牽かせた戦車で天を渡り、闇を払い、生と知を与える者としてヴェーダ以来讃えられてきた。ただし今日スーリヤの名で語られる神は、単一の神格ではない。昇り沈む太陽をいうサヴィトリ、輝きを意味するアーディティヤ、道を照らすプーシャン、そしてミトラといった複数のヴェーダの太陽的神格が、叙事詩期までに一つに束ねられたものである。ヴェーダの神々の多くが後代に地位を下げるなかで、スーリヤは中世まで独立した信仰を保った数少ない例にあたる。
神話・物語
『リグ・ヴェーダ』1巻115歌は、昇る太陽を闇を追う者、万物を見る目として讃える。もっとも同じ『リグ・ヴェーダ』のなかでも、スーリヤが天空に置かれた宝石のような無生の対象として語られる箇所があり、人格神としての輪郭は一様ではない。出自についても、アーディティヤ神群、アディティ、ミトラ=ヴァルナ、アグニ、インドラなど、生み手とされる神が讃歌ごとに異なる。単一の系譜に整理しようとすると、かえって原典から離れる。
後代の系譜に決定的な役割を果たしたのは、ヴェーダの太陽的神格の一つヴィヴァスヴァットである。工匠神トヴァシュトリの娘サラニュー(サンジュニャー)を妻とし、ヤマとヤミー、そして人類の祖マヌをもうけた。ヤマが最初の死者となって死者の国の王になるという物語は、この系譜の上に立っている。
叙事詩では、スーリヤは英雄の父として現れる。『マハーバーラタ』のカルナは、未婚のクンティーがスーリヤから授かった子であり、生まれてすぐ川に流され、御者の家に育って、やがて大戦の一方を支える武将となる。『ラーマーヤナ』では、ラーヴァナとの決戦を前にしたラーマに、太陽を讃える「アーディティヤ・フリダヤム」の詩句が授けられる。
図像と象徴
スーリヤの図像は、外来の造形と混じり合った点で興味深い。戦車に乗る太陽神という構図の最古の例は、ボードガヤーのマハーボーディ寺の欄楯(前2世紀)やバージャー石窟(前1世紀)など、仏教・ジャイナ教の遺構に現れる。グレコ・バクトリア王国の貨幣に見えるヘリオスの図像との近さが指摘されており、クシャーナ朝以降のスーリヤ像が外套と長靴を身につけるのも、中央アジア風の服装が持ち込まれた結果と考えられている。造像規定書『ブリハット・サンヒター』は、スーリヤを北方の装いで表すよう明記している。太陽神が長靴を履いているという一点に、交易路の記憶が残っている。
七頭の馬はサンスクリット韻律の七つの詩型(ガーヤトリー、ブリハティー、ウシュニフほか)の名を負い、御者は下半身のない暁の神アルナが務める。両脇に立つ二女神ウシャスとプラティユーシャは弓を引き、闇を射る姿で表される。手には蓮華を持ち、光背に車輪を負う。図像によらない象徴としては、スワスティカと環状の石が挙げられる。
建築としての頂点が、13世紀オリッサのコナーラク・スーリヤ寺院である。寺院そのものを二十四の車輪と七頭の馬を備えた巨大な戦車として築く構想で、図像を建築の規模にまで押し広げた例といえる。
系譜と関係
妻はサラニュー(サンジュニャー)と、その身代わりとして残された影チャーヤーで、文献によってラージニー、プラバーを加える。子にはヤマとヤミー、人類の祖マヌ、医神アシュヴィン双神、土星に配されるシャニがあり、叙事詩ではカルナや猿王スグリーヴァも子とされる。
ヒンドゥーの五神礼拝(パンチャーヤタナ・プージャ)では、ヴィシュヌ・シヴァ・ドゥルガー・ガネーシャと並ぶ五尊の一つに数えられる。もっとも中世以降、スーリヤはヴィシュヌやシヴァの一側面として扱われる傾向を強め、13世紀以降は新たな太陽寺院がほとんど建てられなくなり、既存の寺院も別の神を祀るものへ転用されていった。
文化的足跡
仏教はスーリヤを日天として取り込み、十二天の一尊に加えた。ネパールの僧院の扉には、月神チャンドラと対をなす赤い円輪として描かれる。暦の面では、日曜(ラヴィヴァーラ)の名がスーリヤの別名ラヴィに由来する。冬至の後に太陽が北へ転じるのを祝うマカラ・サンクランティやポンガル、太陽に水を献じるチャト・プージャなど、太陽に向けた祭は今日も広く行われている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。