アディティ
デーヴァマーター · ダークシャーヤニー · Aditi
ヴェーダの女神。名は「束縛なきもの」を意味し、ミトラやヴァルナらアーディティヤ神群を生んだ母とされる。後代にはヴィシュヌの化身ヴァーマナの母として知られる。
解説
概要
ヴェーダに現れるインドの女神。名は否定辞アに「縛る」を語根とするディティを添えた形で、「束縛なきもの」「限りなきもの」を意味する。ミトラやヴァルナらを含むアーディティヤ神群の母であり、『リグ・ヴェーダ』に250回以上その名が現れる。にもかかわらず、彼女だけを対象とする讃歌は一つもない。特定の自然現象を担う神ではなく、神々を生み出す母胎そのもの、広がりきった空間そのものとして歌われる神格だからである。
神話・物語
『リグ・ヴェーダ』のアディティは、系譜の起点であって物語の主人公ではない。彼女はもっぱら、罪や病、あるいは縄目からの解放を求めて呼ばれる。盗人のように縛られた者を解き放てと請う句があり、名の意味がそのまま働きになっている。子ヴァルナが宇宙の秩序リタを守る神であることと、母が束縛を解く神であることは対をなしている。
ダクシャとの関係はとりわけ謎めいている。2.27はダクシャをアディティの生んだアーディティヤの一柱に数えるが、10.72は「アディティからダクシャが生まれ、ダクシャからアディティが生まれた」と述べる。互いが互いを生むこの循環は、後代の整理された系譜では解消され、アディティはダクシャの娘、聖仙カシュヤパの妻とされた。
叙事詩とプラーナでは、彼女はもっぱら母として語られる。アーディティヤ12神、ヴァス神群8神、ルドラ11神、アシュヴィン双神——あわせて33神の母とされる。とりわけ名高いのが末子ヴァーマナの物語である。アスラの王バリに天界を奪われたとき、アディティは苦行してヴィシュヌが我が子として生まれることを願った。願いは容れられ、矮人の姿で生まれたヴァーマナはバリに三歩ぶんの土地を求め、許されるや巨大化して二歩で全宇宙を跨ぎ、三歩めでバリを地下へ踏み沈めた。彼女の耳飾りをアスラのナラカが奪い、クリシュナがこれを討って取り返したという挿話も伝えられる。
図像と象徴
独立した図像の伝統をほとんどもたない。彼女自身に捧げられた神殿も祭儀も、ごく限られたものしか知られていない。特定の自然物や職能に結びつかず、概念に近い位置にとどまったためである。
そのぶん、言葉による形容が図像の代わりを務めた。『リグ・ヴェーダ』は彼女を牝牛にたとえることを好む。乳を与え、群れを養い、限りなく増えるもの——母性と豊かさを一語で示す記号としての牛である。また「アディティは天である、アディティは空界である、アディティは母であり父であり子である。アディティはすべての神々である」(1.89.10)という一節は、この女神が個別の神格というより、あらゆるものを容れる場として観念されていたことを示す。『シャタパタ・ブラーフマナ』が祭場を設えるにあたって彼女を大地と同一視し、供物を「アディティの膝に」置くと唱えさせるのも、同じ発想の延長にある。天でもあり地でもあるという矛盾は、この女神にあっては矛盾として働かない。現存する数少ない絵画はいずれも近代のもので、ブラフマーの傍らに立つ母神という後代の系譜に基づいて描かれている。
系譜と関係
後代の系譜では、ダクシャの娘であり、姉妹ディティとともに聖仙カシュヤパに嫁いだ。アディティの子が神々(アーディティヤ神群)、ディティの子がダイティヤすなわちアスラとされ、神とアスラが異母兄弟として争うという構図は、この二人の姉妹に発している。「束縛なきもの」と「束縛」という名の対比が、そのまま二つの種族の対立に重なる。
子として名を挙げられる神は文献により異なるが、ヴァルナ、ミトラ、アリヤマン、バガ、アンシャ、プーシャン、スーリヤ、サヴィトリ、ダートリ、トヴァシュトリ、インドラ、ヴァーマナなどが数えられる。ヴィシュヌをアーディティヤに含めるのは後代の展開である。
文化的足跡
ヴェーダ祭式の言葉のなかに深く組み込まれた女神である一方、信仰の対象としての独立性は弱く、後代のヒンドゥー教では母神の位置をパールヴァティーやドゥルガーといったデーヴィー系の女神に譲った。それでも「無限」「解放」という語義は、近代のヴェーダ研究と宗教思想のなかで繰り返し注目されてきた。19世紀の神智学が、ダクシャとアディティの相互生成を宇宙の周期的な再生の象徴として読み込んだのは、その一例である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。