ヴァーユ
ワーユ · ヴァータ · パヴァナ
ヒンドゥーの風の神。ヴェーダではインドラと並ぶ空界の神で、供犠の酒ソーマを最初に受ける。のちに北西の守護神となり、仏教では風天として取り込まれた。
解説
概要
ヒンドゥー神話の風の神。名はサンスクリットで「風」を意味する。ヴェーダではインドラと密接に結びつき、天・空・地の三界のうち空界を彼とともに占める。供犠においてソーマを最初に受ける神であり、同時に人の生気(プラーナ)そのものとも観念された。後代には八方を守る神々の一員として北西を受け持ち、ローカパーラの一柱に数えられる。仏教に取り込まれた姿が風天で、日本では十二天の一として西北を守る。
神話・物語
『リグ・ヴェーダ』では、原人プルシャの気息から生まれたと歌われる(プルシャ讃歌 10.90)。輝く車を駆り、白い旗を掲げて空を渡る。牽く馬の数は二頭とも千頭とも語られ、御者としてインドラが同乗することもある。ヴァーユを単独の主題とする讃歌は多くなく、その名はたいていインドラと並べて呼ばれるが、供犠の席で最初にソーマを享ける権利をもつのはこの神である。同じ『リグ・ヴェーダ』にはヴァータという別の風神も現れ、こちらは自然現象としての風により近い。二つの名はのちに一つの神格へ収斂した。マルト神群をその腹から生まれた子とする伝えもある。
ウパニシャッドは、彼を身体の諸機能を支える生気の主として説く。『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』は、身体を司る神々が優劣を争った説話を伝える。視覚の神が去れば人は盲となるが生き続け、ほかの神々が去っても同じであった。ところが生気の神が身体を離れようとしたとき、ほかの神々はみな、繋いだ杭を馬に引き抜かれるように引きずり出された。あらゆる機能は生気に支えられてはじめて働く、という結論がここから導かれる。
叙事詩では、彼が父となった英雄たちが名高い。『ラーマーヤナ』のハヌマーン、『マハーバーラタ』の剛力の英雄ビーマはいずれもヴァーユの子とされ、両者に共通する怪力と俊足は父の属性の反映である。13世紀の哲学者マドヴァは自らをヴァーユの化身と称し、ドヴァイタ派の神学ではハヌマーン・ビーマ・マドヴァの三者がヴァーユの現れとして系列づけられた。ただしこの主張の典拠とされる文献の位置づけには、近年の研究から疑義も出されている。
図像と象徴
図像はさほど定型化していない。方位の守護神として寺院の外壁や天井に他の七神と並べて彫られるのが基本の現れ方で、南インドの遺例では鹿もしくはカモシカを乗物とし、旗を掲げた姿で表される。乗物を馬とする作例もあり、一定しない。ヴェーダが車と馬を語るのに対し、後代の図像が鹿を当てるのは、速さと軽さの連想によるものと解される。
インド哲学の五大——地・水・火・風・空——の一つを担う点も、この神の造形を規定している。風は目に見えず、形をもたず、しかし触れれば確かに在る。旗やひるがえる布がしばしば添えられるのは、見えないものを見えるものによって示すためである。日本の風天像は甲冑をまとって幡を執る天部の姿をとり、大袋を担ぐ鬼形の風神とは造形の系統を異にする。
系譜と関係
ヴェーダの神群の分類ではヴァス神群の一に数えられ、この文脈ではアニラと呼ばれる。子はハヌマーンとビーマ。
ヴァータの名は古くイランと共通し、『アヴェスター』のワユ(Vayu)は同じ祖形に遡る同源の神である。もっともゾロアスター教のワユは、上層の善き風と下層の悪しき風という両義的な性格をもつ点でインド側と像を異にし、『ヤシュト』に独自の讃歌をもつヤザタとして現れる。神の名が共通しても、その神が体系のなかで占める位置までは共通しない。
文化的足跡
仏教とともに東へ伝わり、中国では風天・風師と呼ばれ、日本では密教の十二天の一として西北を守る神となった。曼荼羅や十二天屏風、十二天像のなかに繰り返し描かれ、京都・東寺の伝来品はその代表である。ただし日本語で「風神」といえば、袋から風を吹き出す鬼形の像を指すことが多い。こちらは西域と中国を経た別系統の図像であって、天部の風天とは造形上つながらない。同じインドの風神に発しながら、日本では二つの像が並び立っている。
現代では「プラーナ」の語がヨーガの呼吸法(プラーナーヤーマ)を通じて広く知られる。風と気息を一つの語で捉えるこの神の観念は、身体技法の側から受け継がれている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。