ブラフマー
ブラフマー神 · 梵天 · スヴァヤンブー
ヒンドゥー教の創造神。トリムールティの一柱に数えられ、四つの顔で四方を向き、四つの口からヴェーダを紡いだと伝えられる。三柱に並びながら、彼を祀る寺院はほとんどない。
解説
概要
ブラフマー(ब्रह्मा / Brahmā)は、ヒンドゥー教において世界の創造を担う神格であり、ヴィシュヌ・シヴァとともにトリムールティの一柱に数えられる。四つの顔と四本の腕をもち、四つの口からそれぞれ一つずつ、四つのヴェーダを紡ぎ出したと伝えられる。
注意を要するのは、この神と中性名詞ブラフマン(宇宙の根本原理)との区別である。ブラフマンはヴェーダ期から説かれる非人格的な概念であり、男性名詞のブラフマー神はそれより後に現れる。抽象的な原理に顔と身体を与えたものがこの神である、と考える研究者は多い。
そしてもう一つ、この項目の核心がある。ブラフマーは最高神の三柱に数えられながら、現代のインドで彼を主神として祀る寺院はごく少ない。讃えられてはいるが、崇拝されていない。この落差そのものが、ヒンドゥー教の神々の構造を理解する手掛かりになる。
神話・物語
創造の物語は一つに定まらない。ヒラニヤガルバ(黄金の胎児)から自ら生まれ出たと語る伝えがあり、ゆえに彼はスヴァヤンブー(自ら生じる者)と呼ばれる。一方、ヴィシュヌ派の『バーガヴァタ・プラーナ』では、ヴィシュヌの臍から伸びた蓮の中に出現する。シヴァ派のプラーナではシヴァから生じたとされ、劫(カルパ)ごとに三神が互いを生み出し合うと説く文献もある。どの文献を読むかによって、誰が誰を生んだかが入れ替わる。系図を一枚に均そうとすると、この構造そのものを取り逃す。
多くの文献に共通するのは、ブラフマーが第二の創造者だという点である。原初の宇宙そのものを生んだのではなく、すでにある素材から形あるものを組み立てる。創造はするが、維持も破壊もしない。
信仰の衰えの理由については、いくつもの物語が語られてきた。『シヴァ・プラーナ』の伝えるところでは、ブラフマーとヴィシュヌが優劣を争っていると、天を貫く光の柱(シヴァその人)が現れた。二神は柱の果てを探しに行き、ヴィシュヌは到達できなかったと正直に告げる。ブラフマーは偽りの証人を立てて「頂を見た」と述べた。シヴァはその不実を咎めて彼の五つある頭の一つを刎ね、以後、崇拝を受けることはないと宣したという。別の伝えでは、妃サーヴィトリーが祭祀の場に遅れて怒り、彼への崇拝をプシュカルの地に限る呪いをかけたとする。
こうした物語は、事実の説明というより結果からの遡行と見るのが妥当である。歴史的には、7世紀頃までにシヴァ派とヴィシュヌ派、そして女神信仰が伸長し、創造の役割を終えた神が信仰の場を失っていったと理解されている。
図像と象徴
四つの顔がそれぞれ東西南北を向く。四面あるのは、全方位を同時に見るためであり、四つのヴェーダの出所を示すためでもある。図像において決定的なのは、その手が何を持たないかである。武器を持たない。四本の腕が握るのは、ヴェーダの写本、時を数える数珠(アクシャマーラー)、祭火に供物を注ぐ杓(スルク)、そして水を湛えた壺(カマンダル)——書物と時間と儀礼と水、いずれも創造の道具であって破壊の道具ではない。シヴァの三叉戟やヴィシュヌの円盤と並べたとき、この手の中身の違いは大きい。
白い髭は、聖仙(リシ)のような年功と知識を表す。蓮の上に坐し、白衣(あるいは赤や桃色の衣)をまとい、乗物(ヴァーハナ)である白鳥ハンサを傍らに従える。図像規範の書『マーナサーラ』第51章は、像を金色に仕上げ、四面四臂とし、苦行者のもつれ髪と冠を併せもたせ、二手を施無畏と与願の印に、残る二手に水壺・数珠・杓を持たせるよう指示する。妃を伴う場合は右にサラスヴァティー、左にサーヴィトリーを配せという。
第五の顔の不在も、図像の一部として読める。刎ねられた頭の物語を経て、現在の像は四面である。
系譜と関係
妃はサラスヴァティー。学芸と言葉の女神であり、ブラフマーの力の源、創造を動かすエネルギーとされる。三つのグナ(性質)の体系では、ブラフマーは動性のラジャス、サラスヴァティーは調和のサットヴァに配され、両者は対をなして補い合う。心から生まれた子ら(マーナサプトラ)が、そのまま人類と生類の祖となる。
ヴェーダの創造神プラジャーパティとは、しばしば同一の神とされる。ヴェーダ後の文献において両者は事実上重なり、祭式のなかでブラフマーはプラジャーパティの姿で招かれる。
仏教はこの神を天部の一柱として受け入れた。パーリ語聖典では梵天サハンパティが釈迦に説法を懇請する役を担い、最高神から仏法の帰依者へ位置づけを変えられている。中国語圏では四面神、チベットではツァンパ、日本では梵天と呼ばれ、東大寺法華堂の乾漆像に代表される造形が残る。ヒンドゥーの神としてのブラフマーと、仏教尊格としての梵天は、系譜を共有しながら別の文脈にある。
文化的足跡
インドでブラフマーを主神とする寺院は数えるほどで、ラージャスターン州プシュカルの寺院が最も知られる。むしろ国外に足跡が濃い。ジャワ島のプランバナン寺院群(9世紀)はシヴァ・ヴィシュヌ・ブラフマーの三堂を並べ、バンコクのエーラーワンの祠に立つプラ・プロム像は、今日タイの人々の篤い信仰を集めている。ヒンドゥー教徒でない参拝者が四面の神に花と線香を捧げる光景は、この神の受容が国境と宗派を越えたことを示す。ビルマ(ミャンマー)の古称ブラフマデーシャも、この神の名に由来するとされる。
「ブラフマーの一日」という時間の尺度は、43億2千万年の昼と同じ長さの夜からなる。西洋の宇宙論が世界に始まりの一点を求めたのに対し、ここでは創造は繰り返される。現代の創作作品にも創造神として登場するが、四面の造形が採られることは少ない。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。