チャンドラ
ソーマ · インドゥ · シャシン
ヒンドゥーの月の神。ヴェーダの祭祀飲料ソーマと同一視され、九曜の一柱に数えられる。月の満ち欠けは呪いによると語られ、月の王統の始祖ともされる。
解説
概要
ヒンドゥー神話の月の神。名はサンスクリットで「輝くもの」を意味する。ヴェーダ祭式の飲料ソーマと同一視され、この名でも呼ばれる。夜、植物、薬草、心の働きを司り、九つの天体神ナヴァグラハの一柱に数えられる。仏教に取り込まれた姿が月天(がってん)で、日本では十二天の一として日天と対をなす。月の満ち欠けを説明する神話を複数もつ点、そして王統の始祖として系譜の起点に立つ点が、この神を特徴づけている。
神話・物語
ヴェーダにおけるソーマは、まず飲料であり植物であって、月ではない。『リグ・ヴェーダ』第9巻は全巻がソーマ讃歌にあてられるが、そこで歌われるのは搾られ、漉され、神々を酔わせる液体である。ソーマが月を指すようになる過程は明らかでなく、ヴェーダ後期の讃歌にその移行の痕跡を読む説と、後代の文献に至って初めて成立したとする説が並んでいる。叙事詩とプラーナの段階では、両者はすでに一つの神格である。
後代の伝えでは、聖仙アトリとアナスーヤーの子として生まれる。最も名高い挿話は、神々の導師ブリハスパティの妻ターラーを奪ったことに始まる。ターラーは自らの意思でとどまり、返還を求める夫との間に神々を巻き込んだ争いが起きた。アスラの導師シュクラはチャンドラの側についたため、対立は神々とアスラの戦へと拡大する。ブラフマーの仲裁でターラーは夫のもとへ帰されたが、すでに身ごもっており、生まれた子ブダ(水星)の父はチャンドラであるとターラー自身が明かした。このブダの子孫が、月の王統(チャンドラヴァンシャ)を形づくる。
月の満ち欠けについては、二つの説明が並び立つ。ひとつはダクシャの呪いである。チャンドラはダクシャの27人の娘——ナクシャトラ、すなわち星宿の擬人化——を妻としながら、ローヒニーばかりを寵愛した。訴えを受けたダクシャは衰えの呪いをかけ、神々のとりなしによって、月は半月ごとに衰えては回復するものとなった。いまひとつはガネーシャの呪いである。腹を抱えて転んだガネーシャを笑ったため、折り取られた牙を投げつけられ、二度と満ちた姿を保てなくなった。月に見える影も、このとき負った傷とされる。
日食・月食の由来も彼に関わる。乳海攪拌で不死の霊薬アムリタを盗み飲もうとしたラーフを、チャンドラとスーリヤが見破って告げたため、ラーフは首を斬られた。しかし霊薬を口にしていた首と胴は死なず、ラーフとケートゥとなって、恨みから今も日と月を呑み込むという。
図像と象徴
白い体色をもち、棍棒を執り、三つの車輪をもつ車に乗る姿が基本形とされる。牽くのは白い馬で、数は三頭から十頭まで文献により異なる。羚羊を牽き手とする作例もある。仏教の月天像はこの系統を受けつつ独自に展開し、日本では三羽から七羽の鵞鳥に牽かれた車に乗り、蓮華や半月幢を執る姿に表された。
図像上の標識は、なによりも半月そのものである。頭上や背後に半月を負い、あるいは手にもつ。穏やかに造形されるのは、太陽の熱に対する冷たさ、昼に対する夜という対比がこの神の基層にあるためである。薬草の主とされるのも、月光が植物を育てるという発想と結びつく。
単独で祀られる例は少なく、ナヴァグラハの一体として群のなかに置かれるのが通例である。南インドの寺院では九体を一区画に配し、参拝者が順に巡って礼拝する形式が広く行われている。
系譜と関係
父は聖仙アトリ、母はアナスーヤー。ダッタートレーヤ、ドゥルヴァーサスは兄弟にあたる。妻はダクシャの27人の娘、すなわち27の星宿であり、ローヒニーがとりわけ愛された。ターラーとのあいだにブダを、マノーハラーとのあいだに四人の子をもうけたと伝えられる。
ブダの子プルーラヴァスに始まる月の王統は、『マハーバーラタ』のクル族とパーンダヴァ兄弟、そしてクリシュナのヤーダヴァ族へと連なる。ラーマが属する太陽の王統スーリヤヴァンシャと並ぶ、インドの二大王統の起点である。神話上の一挿話が、叙事詩の主要人物すべての出自を支える形になっている。
文化的足跡
月の運行はインドの暦の骨格をなす。太陰太陽暦の各月は月の位相で区切られ、祭日の多くは満月・新月と星宿の組み合わせで定まる。月曜を意味するソーマヴァーラも、この神の名に由来する。
仏教とともに東へ伝わり、中国を経て日本では月天(月天子)となった。両界曼荼羅と十二天の一尊として描かれ、勢至菩薩の変化身とも説かれた。占星術の体系は宿曜経を介して伝わって宿曜道となり、九曜の名は家紋の意匠にも広く用いられた。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。