テオニム THEONYM · 世界神話アーカイブ 神格を検索
メルクリウス
PLATE — MERCURIUS
ROMA · ローマ神話
MERCURIUS

メルクリウス

マーキュリー · メルクリー · ヘルメース(ギリシア)

TimeTravelRome CC BY 2.0

ローマ神話の神。商業・伝令・雄弁・利得を司る。ヘルメースと同一視されたが、その名は商品(merx)に由来し、平民の丘のふもとに神殿をもつ商人の神であった。

01

解説

概要

メルクリウス(Mercurius)は、商業・伝令・雄弁・旅・盗み・利得を司るローマの神である。ギリシアのヘルメースと同一視され(インテルプレタティオ・ロマーナ)、その持物と物語を引き受けた。ディー・コンセンテースの一柱であり、死者を導くプシュコポンポス魂の導き手)の役も担う。

だがこの神は、ローマの最も古い神々(ディー・インディゲテース)に数えられない。前4世紀頃、ギリシア宗教との接触のなかで成った「新しい神々」(ディー・ノウェンシデース)の一柱である。もとはデイー・ルクリー(利得の神々)と呼ばれた在来の観念を吸収したとされ、エトルリアのトゥルムスとの近さも指摘される。

名は商品(merx)、商う(mercari)、報酬(merces)と同じ語根に立つ。ここが肝心である。ヘルメースは道端の石塚から出発した神であって、交易はその職能の一部にすぎない。メルクリウスは、名からして商人の神である。境界を意味する印欧祖語 *merĝ- に結ぶ説もあるが、いずれにせよラテン語の側の語であり、ヘルメースの名とは同源でない。同一視は職能の一致による。

神話・物語

物語はほぼ移入である。亀の甲羅の竪琴も、アポローンの牛の盗みも、アルゴス退治も、在来のメルクリウスにはなかった。

ローマ固有なのは神殿の由来である。前495年、アウェンティーヌスの丘とパラーティーヌスの丘のあいだ、キルクス・マクシムスに神殿が建った。貴族と平民の対立が激化し、翌年の平民の退去(聖山事件)へ向かう年である。奉献の栄誉をどちらの執政官が得るかで争いが起き、元老院は決定を民会に委ねた。あわせて、選ばれた者は市場を管理し、商人の組合を設け、大神官の職務も執ることとされた。民衆は、元老院と執政官への当てつけとして、そのどちらでもなく、一軍団の上級将校にすぎないマルクス・ラエトーリウスにこの名誉を与える。奉献は5月15日。神殿の場所も、平民の拠点アウェンティーヌスと貴族の中心パラーティーヌスの中間にあたる。商業の神は、その最初から、二つの階層のあいだに立つ位置を与えられていた。

祭日メルクリアーリアは5月15日。商人たちはカペーナ門の近くにあるこの神の泉から水を汲み、自分の頭と商品に振りかけた。オウィディウス『祭暦』は、そのとき商人が唱えた文句を伝えている。過去の偽誓を洗い流してほしい、これからつく嘘も聞かなかったことにしてほしい、という趣旨の祈りである。商いの神に願うのは、正直ではなく、不正直の免責だった。

同じ『祭暦』が、この神の数少ない固有の挿話を記す。ユーピテルの情事を漏らしたニュンペーのラーラは舌を抜かれ、冥界へ送られることになった。護送を命じられたメルクリウスは、道中で彼女に懸想して交わる。生まれた双子が、家々を守る目に見えない神ラレースである。護送役が任務の途中で子をつくる。この神の性格をよく示す筋書きである。

図像と象徴

持物はカドゥケウス(ギリシアのケーリューケイオン)、翼あるサンダル(タラリア)、翼ある帽子(ペタソス)、そして銭袋。付き従うのは、夜明けを告げる雄鶏、多産を表す牡羊または山羊、竪琴の由来を示す亀である。

銭袋の扱いに違いが出る。ヘルメースも袋を持つが、メルクリウスでは銭袋がほとんど必須の標識になり、手のひらに載せて前へ突き出す型が定まった。何の神かを一目で言わせる持物である。翼のある帽子はエトルリアのトゥルムスの図像を経由したもので、ギリシアではむしろ翼のない旅笠だった。ローマ人が思い描いたこの神は、ギリシア人のそれより装飾が多い。

図像の分布そのものが、この神の位置を語っている。ポンペイの出土品において、メルクリウスは最も人気のある神の一柱である。共和政初期の青銅貨——セクスタンスとセムンキア——にはこの神が刻まれた。神殿彫刻ではなく、貨幣と店先と家の壁に多い。属州ではさらに顕著で、ガリアとゲルマニアの国境地帯には、雄鶏と銭袋を伴うメルクリウスの奉納碑と小像が大量に残る。マコン(マティスコ)出土の銀器一括からは、雄鶏を従えた150〜220年頃の銀の小像が出ている。神殿に籠らず、人の手元にいた神である。

系譜と関係

ユーピテルとマイアの子とするのがギリシア由来の系譜である。ただしキケロー『神々の本性について』とヒュギーヌスは、カエルス(天)とディエース(昼)の子とする別伝を記している。子はラレース。

同一視の広がりが、この神を他のローマ神から際立たせる。カエサル『ガリア戦記』は、ガリア人が最も多く崇めるのはメルクリウスであり、あらゆる技術の発明者と見なされていると書いた。これはケルトのルグス——アイルランドのルーにあたる神——との重ね合わせとされ、この相ではケルトの女神ロスメルタを伴うことが多い。タキトゥスはゲルマン人の最高神をメルクリウスと呼んだが、これはウォーダン(オーディン)を指す。

この読み替えは曜日に残った(インテルプレタティオ・ゲルマーニカ)。ラテン語 dies Mercurii(メルクリウスの日)は、ゲルマン語で「ウォーダンの日」と訳された。フランス語の mercredi と英語の Wednesday は、同じ一日を別々の神の名で呼んでいる。機能が似ていただけでなく、同一視の史実が言語に沈殿した例である。

文化的足跡

名は科学の語彙になった。惑星の水星、金属の水銀。英語ではどちらも Mercury である。太陽に最も近く最も速く動く惑星と、常温で流れる唯一の金属に、俊足の神の名が与えられた。錬金術は水銀をこの惑星の記号で表し、占星術は水星のもとに生まれた者を移り気とした。英語の mercurial(気まぐれな)はここに由来する。

ジャンボローニャの《飛翔するメルクリウス》(16世紀)は、爪先立ちの一点で全身を支える造形によって、俊足の神という主題を彫刻の技術的な挑戦へ変えた。以後、駅・取引所・郵便局・新聞社の建物には、翼の帽子をかぶった像とカドゥケウスの浮彫が繰り返し置かれる。伝えることと商うことを一つの神が司るという古代の発想は、近代の建築装飾のなかで生き延びた。現代の創作では、メルクリウスはヘルメースと区別されないまま登場することが多い。

02

領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
ヘルメース ギリシア神話 同一視
interpretatio romana。メルクリウスはローマ最古層の神(ディー・インディゲテース)ではなく前4世紀頃の「新しい神々」に属し、在来のデイー・ルクリー(利得の神々)を吸収した。名 Mercurius は merx(商品)・mercari 系のラテン語で Ἑρμῆς とは同源でなく、交易という職能の一点で重ねられた
ルー ケルト神話 同一視
interpretatio romana。カエサル『ガリア戦記』が「あらゆる技芸の発明者」と記したガリアの神をメルクリウスと呼び、これをルグスに当てる説(ダルボワ・ド・ジュバンヴィル以来)を経由する対応。ルーはルグスのアイルランドにおける現れ。太陽神=アポロ説は語源が退けられた今日では採らない。
ナブー メソポタミア神話 同一視
ヘルメースとの同定を経てローマ人はナブーをメルクリウスと重ねた。バビロニア占星術でナブーが水星と結ばれていたことと呼応する。
トゥルムス エトルリア神話 同一視
伝令と交易の神として同定され、ケーリュケイオン・有翼のペタソス・有翼のサンダルという標識も共通する。セルウィウスらの記述から、カミッルス(奉仕する者)の添え名を共有したと読む説がある。
オーディン 北欧神話 同一視
interpretatio germanica。タキトゥス『ゲルマニア』9 はゲルマン人が最も崇める神をメルクリウスと呼び、これはウォーダン(オーディン)を指すと解される。dies Mercurii(メルクリウスの日)がゲルマン語で「ウォーダンの日」と訳され、英語 Wednesday が成立した曜日名対応が典拠。ゼウス/ヘルメースではなくローマ名経由の対応として登録

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

フル系図ページを開く →
04

資料

Wikidata
Q1150 — 骨格データの出典
Commons
Mercurius (deus) — 図像カテゴリ