ユーピテル
ユピテル · ジュピター · ユッピテル
ローマ神話の主神。天空と雷を司り、カピトーリーヌスの丘から国家を守った。誓約の証人であり、この神の意を鳥占で確かめずには、公職も戦争も動かなかった。
解説
概要
ユーピテル(Iuppiter)は、天空と雷を司るローマの主神である。名は印欧祖語 *dyeu-ph₂tēr(父なる天)の呼格に遡り、ギリシア語の呼びかけ Ζεῦ πάτερ、ヴェーダのディヤウス・ピタルと同じ句に由来する。ゼウスとは言語的に同源であり、そのうえローマ人自身が両者を同一の神と見なした(インテルプレタティオ・ロマーナ)。ラテン文学のユーピテルが、ほぼゼウスの物語であるのはそのためである。
だがローマにおけるこの神の中身は、物語ではなく国家であった。ユーピテルは統治の権威そのものであり、執政官はその名において宣誓し、凱旋将軍は戦利品をこの神の像の足元に置いた。中心はカピトーリーヌスの丘であって、オリュンポスに相当する神々の舞台は存在しない。
神話・物語
ギリシア由来の物語——クロノスを倒し、変身して人間の女に近づき、雷霆で秩序を保つ——を除くと、残るのはローマ固有の、ほとんど法廷のような挿話である。
オウィディウス『祭暦』は、第二代の王ヌマ・ポンピリウスがユーピテルと交渉した話を伝える。落雷を鎮める儀式を求めたヌマに、神は「首を切れ」と告げた。ヌマは「玉葱の首を」と応じる。神が「人間の」と言えば「髪を」、「生きたものを」と言えば「魚を」と返した。こうして人身供犠は回避され、儀礼の文言が確定する。神と人が言葉の裏をかき合うこの物語は、ローマ人の宗教観をよく示している。
神殿の建立にも逸話がある。造営にあたり在来の神々へ場所を譲るよう伺いを立てたところ、境界の神テルミヌスと若さの神ユウェンタスだけが動くことを拒んだ。人々はこれを、ローマの領域が退かず、その若さも衰えない予兆として喜んだと伝えられる(リーウィウス『ローマ建国史』I 55)。神殿は王政最後のタルクィニウス家の造営に始まり、共和政最初の年、前509年に奉献されたという(カピトーリーヌスの三神)。
ユーピテル・フェレトリウスは一騎討ちを司った。敵の総大将を自ら討ち取った将軍は、その鎧(スポリア・オピーマ)を樫の木に縛って捧げる。ローマ史上この栄誉に浴した者は三人しかいない。ユーピテル・ラピス(石のユーピテル)は条約の証人であり、神官が石を投げ捨てながら「誓いを破ればこのようにローマを打ち捨てたまえ」と唱えた。
図像と象徴
持物は雷霆(フルメン)、笏、鷲。聖樹は樫である。鷲が雷霆を掴む図案は貨幣に無数に刻まれ、ローマ軍団の徽章(アクィラ)へ繋がった。天空神であることは、空を治めるという以上の意味をもつ。鳥は空を渡る。ゆえに鳥の飛び方がこの神の意思を示し、鳥占(アウスピキア)は国家の手続きに組み込まれた。
図像について正直に述べておくべきことがある。ユーピテル像とゼウス像は、視覚的にほとんど区別がつかない。ローマの神像がギリシア彫刻を借りて作られたためで、髭をたくわえ、上体を露わにし、雷霆と鷲を伴う壮年男性という型は両者に共通する。碑文や出土地がなければ、どちらの神かを決めるのは難しい。
ローマ固有の相もある。カピトーリーヌスの神像は当初テラコッタ製で朱に彩られており、凱旋式では将軍が顔を朱に塗った。その日、将軍は神の像と同じ顔をして市中を進んだことになる(プリニウス『博物誌』XXXIII)。この神に仕える最高神官フラーメン・ディアーリスには数々の禁忌が課された。屋根の下でなければ衣を脱げない——天の神の目に裸を晒すことになるからである。死体・葬列・生肉に触れてはならず、誓いを立てることも許されなかった。誓約を保証する神の司祭は、自ら誓う側に立てない。
系譜と関係
サートゥルヌスの子、ユーノーの夫、ネプトゥーヌスとプルートーの兄弟——ただしこの系譜はギリシア神話からの移植である。ローマ固有の関係は、まず古い三神組ユーピテル・マールス・クィリーヌスであり、そこへエトルリア由来のカピトーリーヌスの三神(ユーピテル・ユーノー・ミネルウァ)が重なった。エトルリアのティニアは彼に相当する神とされる。
ゼウスとの関係は、同一視と同源の両方が同時に成り立つ珍しい例である。ローマ人が両者を同じ神と見なしたという史実と、名が同じ祖語に遡るという言語学的事実は別々の根拠であって、どちらか一方しか成り立たない場合の方が多い。北方では、ラテン語の dies Iovis(ユーピテルの日)がゲルマン語で Þórsdagr(トールの日)と訳された。木曜日を英語が Thursday、フランス語が jeudi と呼ぶのは同じ一日の別々の翻訳である。機能が似ていただけでなく、同一視の史実が曜日名に残った例である。
祭日はウィナーリア(葡萄酒の祭)をウェヌスと分け合った。ユーピテルは犠牲用の最上の葡萄酒を、ウェヌスは日常の葡萄酒を司ったと説明される。
文化的足跡
ディオクレティアーヌスは自らをユーピテルの子(イオウィウス)と称し、皇帝礼拝と国家の神々への祭祀を結び直そうとした。ローマ最後の大規模な試みであり、その一世代後にはキリスト教が公認される。
名は各所に残った。太陽系最大の惑星、木曜日(jeudi、jueves、giovedì)、そして英語の jovial——ユーピテル(Jove)の星のもとに生まれた者は陽気であるという占星術の考えに由来する語である。ホルスト《惑星》の〈木星〉に「快楽をもたらす者」の副題が付くのも、同じ連想の系譜にある。ルネサンス以降の絵画で主神が「ジュピター」と呼ばれ続けたのは、ヨーロッパがギリシア神話をラテン語を通して受け取ったからにほかならない。現代の創作にも主神・雷神として登場するが、ゼウスとの区別が置かれることは多くない。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。