ルー
ルーグ · ルフ · Lug
アイルランド神話の神で、トゥアハ・デ・ダナーンを率いた指導者。あらゆる技芸に通じ、投石具で魔眼の王バロールを倒した。収穫祭ルグナサドに名を残す。
解説
概要
ルー(Lugh、古アイルランド語 Lug)は、アイルランド神話の神格で、トゥアハ・デ・ダナーンの一員である。戦士であり王であり、同時にあらゆる技芸に通じた工人として描かれる。添え名のラーヴァダ(Lámfada、「長い腕」)とサヴィルダーナハ(Samildánach、「諸芸に等しく通じた者」)が、その二つの相を言い当てている。
名の語源は決着していない。かつては印欧祖語 leuk-(輝く光)に結びつける説が行われ、ヴィクトリア朝以来ルーは太陽神として理解されてきた。しかし印欧祖語の -k- がケルト祖語で -g- になることはなく、音韻上この派生は成り立たない。今日のケルト語学者の多くはこれを採らず、「誓いによって縛る」を意味する語根 (h₂)lewgʰ- に遡らせる(古アイルランド語 luige、ウェールズ語 llw はいずれも「誓い」)。この線でみれば、ルーは光の神ではなく誓約と契約の神ということになる。
神話・物語
父はトゥアハ・デ・ダナーンのキアン、母はフォモール族の暴君バロールの娘エスニウである。『マグ・トゥレドの戦い』では両族の同盟に伴う政略婚の子とされる。一方、1835年にトリー島で採集された民話では、孫に殺されるという予言を恐れたバロールが一人娘を塔に幽閉し、忍び込んだキアンとの間に生まれた三つ子が海に投じられ、その一人だけが助けられて生き延びる、という筋になる。『アイルランド来寇の書』は、キアンが子をフィル・ボルグの女王タルティウに養育に出したと記す。
若者となったルーはタラの王宮を訪れる。門番は、王に仕えうる技を持たぬ者は入れぬと言う。大工、鍛冶、戦士、剣士、竪琴弾き、勇士、詩人、史家、魔術師、工人——名乗るたびに「その技を持つ者はすでにいる」と退けられる。そこでルーが「ではそのすべてを一人で兼ねる者はいるか」と問い、門番は答えられない。こうして宮廷に迎えられ、アイルランドの首席オラヴ(学匠)に任じられた。この挿話が、彼をどの一芸の神でもなく諸芸の神たらしめている。
第二次マグ・トゥレドの戦いでは、フォモールの圧制に甘んじていたトゥアハ・デ・ダナーンの指揮を委ねられる。開戦前、ルーは兵の一人ひとりに何の技をもって戦うかを問うた。戦場で王ヌアザがバロールに討たれると、ルーは投石具で祖父の魔眼を撃つ。眼は後頭部から抜け、その視線は背後のフォモール軍を焼いた。勝利ののち、命乞いをする前王ブレスに対しては、乳や年四度の収穫の申し出を退け、耕し・蒔き・刈る時期を教えることを条件に助命している。
父キアンを殺したトゥレンの三子には、不可能に近い一連の探索を償いとして課した。三子は最後の一つを果たして瀕死となるが、ルーは傷を癒す豚皮を貸すことを拒み、彼らは死ぬ。技芸の神は、同時に容赦のない裁定者でもある。最期の伝えもあり、妻と通じたダグザの子ケルマイトを殺した報いに、その三子から足を槍で貫かれて湖に沈められた。在位四十年とされる。
図像と象徴
古代の図像は残っていない。アイルランドの神々は中世の写本に文字として伝わったのであり、ガリアのように石像や浮彫を残さなかった。ルーの姿は記述と持物から想像するほかない。
その記述は具体的である。『クアルンゲの牛捕り』で傷ついたクー・フーリンの前に現れる場面では、金髪の巻毛を豊かに垂らし、緑のマントを白銀の飾り留めで胸に留め、金糸を織り込んだ絹の上衣を膝まで垂らした長身の美丈夫として描かれる。黒い盾に白銅の堅い臍飾りを打ち、五叉の槍と二叉の投槍を手にするが、誰も彼に声をかけず、彼も誰にも声をかけない。『トゥレンの子らの最期』では顔の輝きを沈む太陽に喩え、「今日は太陽が西から昇ったか」と敵将に言わせている。太陽神説の根拠として繰り返し引かれてきた場面だが、輝く顔は英雄描写の常套でもあり、これだけで神格の領分は決まらない。
持物は槍と投石具である。ゴリアス(あるいはフィンジアス)からもたらされたとされる槍は決して的を外さず、「イバル(イチイ)」と唱えれば必ず当たり、「アシバル」と唱えれば手元に返る。穂先を水に浸しておかねば燃え上がるという伝えもある。バロールを倒した弾も単なる石ではなく、獣と毒蛇の血に海砂を練り合わせたタスルム(tathlum)だったとする詩が残る。海神マナナン・マクリルから授かった剣フラガラッハ、海陸を駆ける馬エンヴァル、猟犬ファリニスも彼の持物である。ケルト復興期の挿絵はこの槍を手にした若者としてルーを描き、以後の視覚的な定型を作った。
系譜と関係
父キアン、母エスニウ。母方の祖父はバロールであり、ルーは自らの祖父を殺す。妻にはブアハとナースの名が伝わり、ナースの名はキルデア州ナースの地名の由来とされる。人間の娘デヒテラとの間に生まれたのが英雄クー・フーリンで、後の伝承ではクー・フーリンをルー自身の化身とみなす。
汎ケルト的な神ルグス(Lugus)のアイルランドにおける現れとされ、ウェールズのスェウ・スァウ・ゲフェスは同源の形と考えられている。ガリアではカエサルが『ガリア戦記』で「あらゆる技芸の発明者」と記した神をルグスに当てる説が19世紀以来唱えられており、この線でルーはメルクリウスと対応づけられる(インテルプレタティオ・ロマーナ)。太陽神説が退いた今日、この対応のほうがルーの人物像とよく噛み合う。リヨンの古名ルグドゥヌム(Lugdunum)は「ルグスの砦」を意味し、アイルランドのラウス州の名もルーに由来する。
文化的足跡
8月1日ごろの収穫祭ルグナサドは、ルーが養母タルティウを追悼して創始したと語られる。競馬と武技の披露を伴う集会で、キリスト教化ののちも各地の市や丘への巡礼として存続し、現代アイルランド語で8月を指す Lúnasa の語源となった。メー州のテルタウンがその中心地とされる。
19世紀の比較神話学がルーを太陽神と定めたことは、語源の誤りに立つ理解だったにもかかわらず、その後の受容を強く方向づけた。ケルト復興運動を経て、光の若神という像は文学と美術に定着し、現代の幻想文学やゲーム作品にも光と槍の神としてしばしば登場する。原典のルーは、光よりも技と誓約の神である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。