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ベローナ
PLATE — BELLONA
ROMA · ローマ神話
BELLONA

ベローナ

ベッローナ · ドゥエッローナ · Duellona

Metropolitan Museum of Art PUBLIC DOMAIN

ローマの戦争の女神。戦場の惨禍と狂乱を体現し、マールスに付き従う。その神殿は元老院が開戦と凱旋を議する場でもあった。

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解説

概要

ベローナ(Bellona)は、古代ローマの戦争の女神である。戦の破壊的で残虐な側面を体現する神格とされ、兜をかぶり、剣・槍・楯を執り、松明や鞭を振りかざして四頭立ての戦車で戦場へ乗り込む姿で語られる。ローマ帝国の各地に神殿を持ち、そのうちローマ市内の一つはアウグストゥス帝の治世以前、元老院の会議場としても用いられた。

ただし、その像を思い浮かべるときに注意がいる。この女神の図像がいまのかたちに整うのは、ルネサンス以降の画家と彫刻家の仕事によるところが大きい。古代の確実な作例はきわめて乏しい。

神話・物語

名の由来は比較的はっきりしている。ベッローナは古い形ドゥエッローナに遡り、これは古ラテン語のドゥエッルム(戦争)の派生である。ドゥエッルムは古典期にベッルムへ変わった。ただしドゥエッルム自体の語源は明らかでない。ジョルジュ=ジャン・ピノーは「かなり善き」を意味する再建形 *duenelo- からの派生を提案し、ミヒール・デ・ファーンは、戦いの文脈でこの語が使われたのは婉曲表現であり、そこから「武勇の行い、戦争」の意が生じたのだろうと述べる。

物語らしい物語は伝わらない。ローマの多くの神格と同様、この女神を語るのは祭祀と国制の記録である。

考古学的には、前4世紀のカンパニア製のパテラ(浅い皿)が最も古い証拠となる。「ベロライ・ポコロム」(ベローナの杯)と記されたこの器は、献酒に用いる器種であることから何らかの祭祀に関わったと考えられるが、献酒はローマの宗教生活のいたるところで行われたため、それ以上の推定は難しい。メアリー・ビアードは、出土地が神殿の内部でないことから奉献品ではなく、神殿の土産物のようなものだった可能性を指摘する。この杯には現存最古のベローナ像も描かれている。長い首、穏やかで慎ましい表情、頭上に結い上げた髪と幾筋かの巻毛。後代のベローナがほぼ例外なく甲冑姿であることを思えば、異例の姿である。髪の線を蛇と読み、後期帝政の美術に見られる復讐女神たちとの結びつきの萌芽とみる解釈もあるが、メーガン・ポプラチェアンは、同時代のイタリア半島の女神像に広く見られる巻毛の表現にすぎないとする。

戦との関わりは文学のなかで濃くなる。ローマではマールスの配偶神ネリオーと、のちにギリシアの戦の女神エニューオーと同一視された。1世紀のシリウス・イタリクス『ポエニ戦記』はベローナにマールスの戦車の手綱を執らせるが、これはアレースの御者としてのエニューオーの役柄が持ち込まれたものと見られる。ウェルギリウス『アエネーイス』では、アエネーアースの楯の描写のなかで不和の女神ディスコルディアと並んで名が挙がる。ホラーティウスは「血を喜ぶベローナの雷鳴」と歌い、ルーカーヌスは「血の鞭」を振るう姿を、オウィディウスは戦の叫びのなかで聖なる館を血で汚し続ける姿を描いた。ジョン・セラーティは、武器がつねに血に濡れているという型を、この女神が戦いから身を退くことができない——血を洗い落とす機会を持たない——存在として思い描かれた証と読む。

もっともセラーティは、ベローナが一方的に忌むべき存在だったとも見ない。前3世紀のプラウトゥス『アンピトルオー』の序詞は、ベローナをネプトゥーヌス・ウィルトゥース・ウィクトーリア・マールスと並べて挙げており、いずれも良い含みを持つ神々である。ラテン語のベッルムが「勇武の行い」(bella acta)という言い回しと結びつきうることも、ローマ人が戦を必ずしも忌まわしいものとは考えなかったことを示す。

神殿と国制

ローマの神殿は前296年、エトルリア人およびサムニウム人との戦争のさなかに、アッピウス・クラウディウス・カエクスによってキルクス・フラミニウスの近くに奉献された。ここは、人間に捧げられた装飾楯が聖域に掛けられた最初の場所でもある。アッピウス・クラウディウスは楯を掛け、自らの一族に捧げた。前290年にはプブリウス・コルネリウス・ルフィヌスが、サムニウム人への勝利を記念してもう一つの神殿を建てている。

神殿のかたわらには「戦の柱」(コルンナ・ベッリカ)が立っていた。これは異国の領土を象徴するもので、遠隔の国に宣戦する際には、外交を司る神官フェティアーレスの一人がローマの領内から敵地の方角へ向けてこの柱越しに投槍を投げた。古い作法を市内で代行する仕組みであり、この象徴的な攻撃をもって開戦とされた。

神殿はまた元老院の会議場としてもしばしば用いられた。キケローもリーウィウスも、ここに元老院議員が「満ちて」集まったと同じ語で書いている。ポプラチェアンは、戦時の議事を扱う定番の場所だったと見る。ポメリウム——ローマ市を画する宗教上の境界線——の外にあったため、市内へ入ることを禁じられた軍事指揮権保持者と会い、凱旋式を認めることができたのである。開戦の宣告も、戦時の審議も、凱旋の可否も、すべてこの女神の監督下にあったことになる。混乱と残虐の擬人像であるだけでなく、事務的な側面を持っていたという読みは、ここから出てくる。

アウグストゥス帝はベローナ神殿のすぐ隣にマルケッルス劇場を建て、二つの建物のあいだにわずかな隙間しか残さなかった。以後の凱旋行列は神殿を通れず、劇場を回ることになったと考えられる。さらに皇帝は、戦時と凱旋に関する元老院の審議を、自ら建てたマールス・ウルトル神殿で行うよう定めた。ポプラチェアンは、ベローナが共和政末期の内乱の時代を象徴する神であったため、皇帝が意図してその重みを削いだのだろうと論じている。

図像と象徴

同時代の文学はしばしばこの女神を破綻した婚礼と結びつけた。婚姻の破綻はローマにおいて戦争の比喩でもある。ウェルギリウスはラウィーニアの婚礼にベローナを介添え役(プロヌバ)として立たせ、オウィディウスはペルセウスとアンドロメダーの婚宴に、スタティウスはヘレネーの婚礼に松明を持つ姿で登場させた。

共和政ローマにおいて戦に関わる唯一の女神であったため、ローマ人が男性的とみなした性質と結びつけられることが多かった。ノーワラで見つかった碑文は「ウィルトゥース・ベッローナに」と刻む。3世紀のラクタンティウスは、異教徒はウィルトゥースをベローナとも呼んだと記す。ポンポニウス・ポルピュリオーは、ベローナをサビニ人の女神ウァクーナと同一視する説を伝える。ポプラチェアンは、サビニ起源という主張の背後に、サビニ人を古き良き質実な男らしさの体現者と見るローマ側の認識と、神殿を建てたアッピウス・クラウディウスの氏族——サビニ起源とされるクラウディウス氏族——との縁を深めようとする後代の意図を読む。これに対しセラーティは、ベローナが特に男性的な軍神だったとは考えない。ローマにおいて開戦は奪われたものの「取り返し」の手続きであり、復讐は文化的に女性と結びつけられていた。ルクレーティアやディードーの例が示すように、報復を誓う女という像がこの女神を支えたのではないか、という読みである。

祭祀には東方の色も混じる。ベッローナーリーと呼ばれる神官団は、自らの腕や脚を傷つけて血を捧げた。これは大母神キュベレーに仕えたガッリの行いに通じ、マインツ出土の碑文は両者を並べて記す。ユウェナーリスは『諷刺詩』で「狂乱のベローナ」を大母神とともに行進させ、イシスやアヌビスの一行と並べて異国風のものとして嘲った。

古代の像として確実にベローナと同定できるものは、前述のパテラを除けばほとんど残らない。本項に掲げたのは、レンブラント作とされる1633年の油彩(メトロポリタン美術館)である。甲冑を着けた女性がこちらを向いて立ち、傍らに楯を置く構図だが、その顔はオランダの市井の女のそれで、理想化されていない。ペーテル・パウル・ルーベンスが《ベローナ姿のマリー・ド・メディシス》で王妃を勇壮な軍神に見立てたのとは対照的で、三十年戦争のさなかに自らを守る覚悟を示した新生オランダ共和国の自負を読む解釈がある。なお楯のゴルゴンの首は後から描き加えられたもので、当時流行しはじめた図像に合わせた変更と見られている。近世以降のベローナ像は、大砲を伴う型、裸身に近い型、恐怖そのもののような相貌の型へと広がっていくが、いずれも古代の作例に基づくものではない。

系譜と関係

マールスの配偶とも妹とも伝えられ、ユーノーの娘に数える系譜もある。ネリオーおよびエニューオーと同一視され、ときにミネルウァやウァクーナとも重ねられた。軍神のファセットのなかでは、統御された戦を司るミネルウァに対し、統御されない戦の側に立つ。ギリシアのアレースとアテーナーの分業と同じ線が、ローマでも別の一組によって引かれていることになる。

文化的足跡

シェイクスピアはこの名を戦士の形容として用い、『ヘンリー四世』では「煙る戦の火の目の乙女」と呼ばせ、『マクベス』の主人公を「ベローナの花婿」と称した。ラモーの歌劇『優雅なインドの国々』(1735年)の序幕では愛の呼び声が戦の呼び声に勝ち、バッハの世俗カンタータ BWV 214 ではこの女神が常の猛々しさを収めて王妃の誕生日を祝う。ウィリアム・チェンバーズがキュー・ガーデンズに設計したベローナ神殿(1760年)は七年戦争の戦意高揚のために構想され、のちに従軍した連隊を顕彰する銘板を収めた。第一次世界大戦後には各地の戦争記念碑に姿を見せ、ロンドンのウォータールー駅の凱旋門では、剣を振り上げる鬼気迫る姿の下で、死者ではなく生き残った者たちが身をすくめている。小惑星帯の28番小惑星にもその名が与えられている。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
エニューオー ギリシア神話 同一視
インテルプレタティオ・グラエカ。ギリシアの戦の女神エニューオーと同一視され、シリウス・イタリクスがベローナにマールスの戦車の手綱を執らせるのは、アレースの御者としてのエニューオーの役柄が持ち込まれたものと見られる。
ネリオー ローマ神話 同一視
ローマ内部での同一視。マールスの配偶神ネリオーと重ねられ、その席を実質的に引き継いだ。

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資料

Wikidata
Q207234 — 骨格データの出典
Commons
Bellona — 図像カテゴリ