マールス
マルス · マーズ
ローマの軍神。本来は農地と共同体を守る古い在来の神で、ローマ建国者ロムルスの父とされる。ギリシアのアレースと同一視されたが、その威厳は大きく異なる。
解説
概要
マールス(Mars / Mārs)は、ローマ神話の軍神である。ローマの国家祭祀ではユーピテルに次ぐ重きを置かれ、軍の守護神として崇められた。もっとも、その性格は戦いにとどまらない。マールスは本来、農地と共同体を災いから守る古い在来の神であり、戦と農耕という一見相反する二つの領分を併せ持つ。この二面性こそ、初期ローマの神マールスの核心である(軍神)。
神話・物語
マールスをめぐる物語の多くは、ローマの建国と分かちがたい。伝承では、ウェスタの巫女レア・シルウィアとの間にロムルスとレムスの双子をもうけ、ロムルスは後にローマを建てた。したがってローマ人にとってマールスは、他国の軍神のように恐れ疎むべき存在ではなく、自らの都市の父祖にほかならなかった。
ギリシア文化の影響のもとで、マールスはギリシアの軍神アレースと同一視され(インテルプレタティオ・ロマーナ)、アレースをめぐる神話がマールスの名で語り直された。だが両者の性格は大きく異なる。ギリシアの文学でしばしば軽蔑と嫌悪の対象となったアレースに対し、マールスはローマで最も尊ばれる神の一柱であった。物語を借りても、神としての重みは別物だったのである。
図像と象徴
マールスは、兜をかぶり槍と楯を執る武装の姿で表されるのが常である。ローマ期の彫像「カピトリーニのマールス」(ネルウァのフォルムから出土)はその典型で、羽根飾りの兜と甲冑に身を固めた威厳ある戦士として立つ。持物のうち槍はことに神聖視され、王宮レーギアには「マールスの槍」と呼ばれる聖なる槍が納められ、これが自ずと震えると凶事の前触れとされた。聖なる楯アンキーリアもまた彼の標識である。動物では狼と啄木鳥(きつつき)が聖獣とされ、いずれもロムルス伝説と結びつく——双子に乳を与えた牝狼、食物を運んだ啄木鳥である。
系譜と関係
配偶とされる存在は一定せず、戦いの女神ネリオーやベローナと結び付けられる。ギリシア神話の影響が入ると、ウェヌス(アレースの相手アプロディーテーに対応する)との情事も語られるようになった。
初期ローマの国家神としては、ユーピテル・マールス・クィリーヌスからなる古い三神組(アルカイック三神)の一柱を占めた。クィリーヌスは神格化されたロムルスとされ、ギリシアに対応する神を持たない、ローマ固有の存在である。これは後代の主要三神カピトーリーヌスの三神(ユーピテル・ユーノー・ミネルウァ)とは別の、より古い組み合わせである。
文化的足跡
マールスの祭りは、軍事と農耕の季節を画す三月と十月に集中した。三月は彼にちなんでMartius(英語Marchの語源)と名づけられ、神官団サリイが聖なる楯を打ち鳴らして市中を踊り歩き、軍事の季節の開幕を告げた。十月には十月の馬の供犠が行われ、その季節の終わりを画した。農耕の面では、大カトーが農書のなかで、畑地を災いや疫病から守るようマールスに祈る言葉を書き残している。
帝政期にはアウグストゥスが「復讐者マールス(マールス・ウルトル)」を掲げて神殿を築き、この神をローマの威信の象徴として前面に押し出した。今日でも赤い惑星「火星(Mars)」や三月の名に、古い神の名は生き続けている。FGOや女神転生などの作品にも登場する。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。