使者・伝令の神
神々のあいだ、あるいは神と人のあいだで言葉を運ぶ神格のファセット。魂の導き手と職能の形はよく似ている——どちらも境を越え、越えたのちに戻ってくる——が、運ぶものが違う。魂を運ぶ者と、言葉を運ぶ者である。両方を兼ねる神は珍しくない。
典型はギリシアのヘルメースである。翼あるサンダルで神界と人界と冥界を行き来し、ゼウスの言葉を届ける。ローマのメルクリウスがこれを引き継いだ。ギリシアにはもう一柱、虹を擬人化したイーリスがおり、こちらはヘーラーに仕える。天と地を結ぶ弧が、そのまま職能になった例である。
一神教の伝承ではガブリエルがこの役を一身に負う。ダニエルに幻を解き明かし、マリアに受胎を告げ、ムハンマドに啓示を伝えた。ゾロアスター教のナイリヨーサンハはアフラ・マズダーの使者であり、その名は「英雄の告知」と解される。ヴェーダのナラーシャンサと同源だが、インドではその語は火神アグニの称号に転じた。アグニは祭火に投じられた供物を天上へ運ぶ者であり、「神々の口」と呼ばれる。運ぶ手段が炎と煙であるという点で、この職能の変種をなす。
言葉を運ぶだけでは終わらない例もある。北欧のヘルモーズは、バルドルを取り戻すためにヘルの国へ下り、身代金の条件を聞いて帰ってきた。使者が越えるのが死者の国の境であり、持ち帰るのが交渉の返答であるという点で、この職能の極端な形にあたる。
運ばれるものは、言葉とはかぎらない。西アフリカのエシュは人が捧げた供犠を神々のもとへ届け、天と地を往還する。メソポタミアのナムタルは冥界の女王のスックル(従神)として天へ上り、ナブーの名はセム語の「告げる」に由来する。ヒンドゥーのナーラダは、神々とアスラの双方に言葉を運んで争いを起こす。日本の八咫烏は道を示すとともに、帰順を促す使いとして遣わされた。
この役には、構造上の弱みがある。言葉を託される者は、言葉を歪められる者でもある。ナーラダの告げ口が争いを生むのは偶然ではないし、北欧のラタトスクに至っては、ユグドラシルを駆け上り駆け下りて運ぶのが伝言ではなく悪口である。使者がトリックスターを兼ねる例が多いのは、この一点に発している。届ける力と、偽る力は、同じ力の裏表である。
図像には共通の道具立てがある。翼——サンダル、帽子、背——と、杖。ヘルメースのケーリューケイオンがその代表で、二匹の蛇が絡む形は近代の医療の標章にまで生き延びた。一方、姿を持たない使者もいる。ナイリヨーサンハを表した像は伝わらない。使者という働きは形ではなく往復そのものにある、という言い方もできる。
注意がいる。物語のなかで一度使いに立った神を、この役に数えてはならない。国譲りの段で高天原から遣わされたタケミカヅチは使者として降るが、その神格の核は武にある。同様に、死を予告するバンシーやガマユンは、誰かの言葉を託されているわけではない。判定の基準は、往復そのものが職能として語られているかどうかである。
この役割の神格
15柱を収載(知名度順)
一神教の伝承
ガブリエル
גַברִיאֵל — 使者・伝令の神
PLATE
ギリシア神話
ヘルメース
Ἑρμῆς — 死神・冥界神
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ローマ神話
メルクリウス
Mercurius — 死神・冥界神
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ヒンドゥー神話
アグニ
अग्नि — 火神
PLATE
ギリシア神話
イーリス
Ἶρις — 使者・伝令の神
PLATE
メソポタミア神話
ナブー
𒀭𒀝 — 知恵の神
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北欧神話
ヘルモーズ
Hermóðr — 使者・伝令の神
PLATE
CREATURE
北欧神話
ラタトスク
Ratatoskr — 使者・伝令の神
PLATE
CREATURE
日本神話
八咫烏
八咫烏 — 使者・伝令の神
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アフリカ神話
エシュ
Èṣù — トリックスター
PLATE
ヒンドゥー神話
ナーラダ
नारद — トリックスター
PLATE
ペルシア神話
ナイリヨーサンハ
𐬥𐬀𐬌𐬭𐬌𐬌𐬋 𐬯𐬀𐬢𐬵𐬀 — 使者・伝令の神
PLATE
メソポタミア神話
ナムタル
𒉆𒋻 — 死神・冥界神
PLATE
メソポタミア神話
ニンシュブル
𒀭𒎏𒋚 — 使者・伝令の神
PLATE
フェニキア・カナン神話
シャプシュ
špš — 太陽神