プロセルピナ
プロセルピネ · リーベラ · ペルセポネー(ギリシア)
ローマ神話の冥界の女王。ケレースの娘で、冥界の王にさらわれて年の一部を地下で過ごす。ギリシアのペルセポネーの祭儀がローマに移されたものである。
解説
概要
プロセルピナ(Prōserpina)は、ローマ神話で冥界の女王とされる女神である。名はギリシアのペルセポネーのラテン語形で、音の転訛に「芽が伸び出る」を意味する prōserpere の連想が働いたものと見られる。ローマ土着の女神リーベラの位置に重ねられ、前3世紀の末に穀物の女神ケレースの娘として公に迎え入れられた。神話はギリシアのものをそのまま受け継ぐが、ローマにおける来歴は独自である。
神話・物語
ローマがこの女神を迎えたのは、第二次ポエニ戦争の末期であった。凶作と飢饉、平民と支配層の対立が神々の怒りの表れと受け取られるなか、前205年、シビュラの書の指示に従って南イタリアからギリシア式の祭儀(リートゥス・グラエクス・ケレリス)が導入される。ギリシア人の女祭司が招かれ、正しく祈りを捧げられるようにローマ市民権を与えられた。祭儀はテスモポリア祭に倣った女性のみのもので、既婚の女性はケレースの、未婚の娘はプロセルピナの姿にならうことが期待された。国家が外来の祭祀を、社会の秩序を保つ装置として取り込んだ例である。
さらわれる物語は、ラテン語で三度、大きく書き直された。ウェルギリウス『農耕詩』が短く触れ、オウィディウスは『変身物語』第5巻と『祭暦』第4巻で二度語り直している。同じ詩人が同じ話を、叙事詩の枠と暦の枠とで別々に語った点は、ローマにおける神話の扱われ方をよく示す。5世紀のクラウディアヌス『プロセルピナの略奪』は未完の叙事詩で、孤独に耐えかねた冥界の王が結婚を求め、運命の女神たちがそれを取りなすという、ローマ風に整えられた前史を与えた。
さらった神の名も揺れる。ラテン語作家は多くディスと呼び、プルートーの名も用いる。ザクロの粒を口にしたために地上へ戻りきれないという結末は共通するが、その数は資料によって一定しない。
図像と象徴
ローマ美術は、この場面を石棺に好んで彫った。2世紀以降、四頭立ての馬車に娘を抱え上げる神、驚いて花を落とす侍女たち、松明を掲げて追う母という一続きの構図が、繰り返し棺の前面を飾る。ヴァチカン美術館ピオ・クレメンティーノ館の作例はその典型である。死者を納める器にこの神話を刻むことには、死が終わりではなく季節のような往還であるという含みがあった。神話がそのまま死生観の表明として使われている。
単独像では、松明と穀物の穂を持ち、時に冠を戴く。母と娘は並んで表されることが多く、両者の区別は年齢と持物の差でしか付かない。注釈家セルウィウスは、この女神が天ではルーナ、地上ではディアーナ、地下ではプロセルピナと呼ばれると記し、三つの相を持つ女神という後期の観念を伝えている。
系譜と関係
母はケレース、父はユーピテル、夫は冥界の王プルートー。ローマ土着の女神リーベラとは公式に同一とされ、アウェンティヌスの三神の一柱としての性格も引き継いだ。ただしリーベラ自身には図像も神話も伝わらず、その内実はほとんど分からない。名がリーベルの女性形であること以外に、確かなことは少ない。
冥界の女王として、私人の祈りの対象でもあった。呪詛板には、盗人や訴訟の相手への罰を求める文がプロセルピナの名で綴られている。共和政期の世紀祭では、ディス・パテルとともに地下から掘り出された祭壇で夜の犠牲を受けた。神話の少女と、鉛板に刻まれた恐ろしい名とが、同じ女神の二つの顔である。
文化的足跡
略奪の場面は、ルネサンス以後の彫刻と絵画がもっとも好んだ主題のひとつとなった。ベルニーニ《プロセルピナの略奪》(1622年)は、神の指が娘の腿に食い込む描写で大理石の表現の限界を押し広げた作として名高い。文学ではスウィンバーンの詩が、絵画ではロセッティの《プロセルピナ》が、冥界にとどまる側からこの物語を読み直している。季節の循環を語る神話としては、今日でも「冬のあいだ地下にいる女神」という筋が広く知られている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。