キルケー
キルケ · Kirke · Circe
ギリシア神話の女神。太陽神ヘーリオスの娘で、アイアイエー島に住み、薬草と杖で人を獣に変えた。『オデュッセイア』では敵役から一転し、帰路を教える助言者となる。
解説
概要
キルケー(Κίρκη / Kirke)は、薬草と呪文を操るギリシア神話の女神である。名は鷹の一種を指す語キルコスに由来するとされる。ホメーロス『オデュッセイア』は彼女を人の言葉を話す恐ろしい女神と呼び、同時にポリュパルマコス——多くの薬を知る者——という形容を与える。
日本語では「魔女」と訳されることが多いが、原典で彼女は一貫して女神であり、ニュンペーとも呼ばれる。後世の魔女像を先に置いて読むと、この位置づけを取り違える。彼女の力は神としての命令ではなく、薬(パルマコン)と杖と呪文という手順に支えられている。ギリシアの魔術が技術の相貌を持つことを、よく示す例である。
神話・物語
最も名高いのは『オデュッセイア』第10巻である。トロイアからの帰路、オデュッセウス一行はアイアイエー島に漂着する。館を訪ねた偵察隊は歓待を受けるが、混ぜ物をした飲み物キュケオーンを飲み干した途端、杖の一打ちで豚に変えられる。ひとり外に残ったエウリュロコスの報せを受けて向かったオデュッセウスは、途中でヘルメースから薬草モーリュを授かり、魔法を無効にしたうえで剣を抜く。キルケーは屈し、以後は主人から助言者へ役割を変える。一行は結局、一年を島で過ごした。
出立にあたって彼女が授けるのは、航海術ではなく儀礼の手順である。冥府で預言者テイレシアースの霊を呼ぶネキュイアの作法——供物の順序、犠牲の羊を向ける方角、剣で他の死者を血から遠ざけること——を細かく指示する。冥府から戻った一行には、セイレーンの歌を聴かぬこと、渦巻くカリュブディスと六つ首のスキュラのいずれかを選んで通ること、トリーナキエー島でヘーリオスの牛に手を出さぬことを告げる。物語の後半で起こる出来事は、ほぼすべて彼女の予告どおりに進む。
ホメーロスとは別系統の、より古い層も残る。ロドスのアポローニオス『アルゴナウティカ』では、キルケーはメーデイアとイアーソーンが弟アプシュルトスを殺した穢れを、仔豚の血を用いて祓い清める(アルゴナウタイ)。ここでの彼女は変身の術者ではなく浄めの司祭である。付き従う獣たちも、変身させられた人間ではなく、大地が最初に生んだ手足のちぐはぐな生き物として描かれる。
ローマ期のオウィディウス『変身物語』は、彼女を嫉妬する変身者として造形し直した。海神グラウコスに恋を拒まれた腹いせに、恋敵スキュラの水浴びする泉へ毒を流して怪物に変える。ラティウムの王ピークスに求愛を退けられると啄木鳥に変え、抗議した従者たちも異形の獣に変える。原典を追うと、キルケーの残虐さはホメーロスよりもオウィディウスに多くを負っていることがわかる。
散逸叙事詩『テーレゴネイア』の後日談では、彼女はオデュッセウスとの子テーレゴノスを島で育てる。成長した息子は父と知らずにオデュッセウスを殺し、遺体を島へ運ぶ。キルケーはテーレマコスと、テーレゴノスはペーネロペーと結ばれたと伝えられるが、アポロドーロスはこの結婚に触れない。ラティーノスやローマの名祖ローメーを彼女の子とする系譜も現れる。イタリア半島の建国伝承へ接続しようとする後代の操作である。
図像と象徴
持物は杖と杯である。二つが揃えば場面は一つに定まる——飲ませて、打つ。この二段構えが一枚の画面に収まるため、キルケーは古典期の陶画に繰り返し現れた。
本ページの主画像は、前490〜480年頃のアッティカ白地レキュトス(アテネ国立考古学博物館 1133、エレトリア出土)で、アテナ・ペインターの手になるとされる。白地の技法は細い輪郭線を引ける反面もろく、多くは墓の副葬品として作られた。より古い黒絵式の作例では、豚や犬や獅子の頭を持ち人の胴を残した男たちが、杯を差し出すキルケーを取り囲む構図が好まれる。獣頭人身という表現は、変身の途中を一枚に収めるための工夫であり、テクストにない図像側の発明である。
ローマ期のモザイクや壁画では豚の群れが増え、中世写本では魔女の図像に接近していく。ルネサンス以降の絵画は杯を差し出す瞬間に集中し、19世紀の作例では男を破滅させる女という主題が前面に出る。原典の彼女が最終的には協力者に転じることは、これらの絵からは読み取れない。
系譜と関係
ホメーロスとヘーシオドスは、ヘーリオスとオーケアニスのペルセーイス(ホメーロスではペルセー)の娘とする。兄弟はコルキス王アイエーテース、姉妹はクレータのミーノース王妃パーシパエー。アポロドーロスはこれにペルセースを加える。太陽の血族が、金羊毛・ミーノータウロス・変身魔術という三つの主題に分かれて配置されている。
シケリアのディオドーロスは別の系図を伝える。ヘーリオスの子ペルセースの娘がヘカテーで、ヘカテーとアイエーテースの娘がキルケーとメーデイアだとするものである。ただしディオドーロスは神話から超自然的要素を取り除くエウヘメリズムの立場に立っており、ここでのヘカテーは女神ではなく、毒草を発見して父を殺した人間の女とされる。系譜として並べるときは、この前提の違いを差し引く必要がある。
文化的足跡
古代の読者はすでに、この挿話を寓意として読んでいた。豚への変身は快楽への隷属の比喩と解され、プルタルコスの対話篇(通称『グリュロス』)では、獣となって満ち足りているなら人間に戻る必要があるのか、という問いまで立てられる。ルネサンスの人文主義者はこの議論を引き継ぎ、キルケーは節制を説く道徳の題材として繰り返し登場した。
一方でストラボーンは、ティレニア海に面したキルケーイイー岬(現チルチェーオ山)に彼女の神域があったと記す。オウィディウスはこの地名を彼女に由来させ、岬が薬草の産地として知られたことも伝わる。神話上の島が実在の地形へ落とし込まれていく過程が見える。
近代以降も戯曲・オペラ・絵画の題材であり続け、21世紀にはマデリン・ミラーの小説『キルケ』(2018年)のように、彼女の側から一代記として語り直す作品が現れている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。