テーレマコス
テレマコス · テーレマコス · Telemachos
オデュッセウスとペーネロペーの子。父の消息を求めて旅立ち、帰還した父とともに求婚者たちを討つ。
解説
概要
テーレマコス(Τηλέμαχος / Telemachos)は、オデュッセウスとペーネロペーの子で、イタケーの王子である。名は「遠く戦う者」と解される。父の出征時には赤子であり、『オデュッセイア』の冒頭では二十歳前後の若者として現れる。
この叙事詩の最初の四巻は、父ではなく息子の物語である。父を探して旅立ち、他国の宮廷で王たちに会い、名乗り方と振る舞い方を身につけていく。近代の批評はこの部分をテーレマケイアと呼び、青年の成長を主題とする物語のきわめて早い例として扱う。
神話・物語
父の友メンテースの姿を借りたアテーナーに促され、彼はピュロスのネストールとスパルタのメネラーオスを訪ねる。メネラーオスは、海神プローテウスから聞き出した話として、オデュッセウスが生きてカリュプソーの島に留められていることを伝えた。
帰国した彼は、豚飼いエウマイオスの小屋で乞食姿の男に会う。父であった。二人は求婚者を討つ計画を立てる。館では、彼が母を自室へ退かせ、乳母エウリュクレイアに扉を閉ざさせ、誰にも張れなかった大弓を父の手に渡す。矢が求婚者の首領アンティノオスの喉を貫いたところから殺戮が始まる。
散逸叙事詩『テーレゴネイア』(叙事詩環)の後日談では、彼はキルケーと結婚し、その子がラティーノスだとする系譜も現れる。父を殺したテーレゴノスと母ペーネロペーが結ばれるという結末とあわせ、ホメーロスから大きく離れた後代の構成である。
図像と象徴
古典期の作例は多くない。前440年頃のアッティカ赤絵式スキュポス(キウーシ国立考古学博物館 1831、ペーネロペーの絵師)が代表で、本ページの主画像にあたる。機の前で頬杖をついて座る母の前に、二本の槍を携えた若者が立ち、ΤΕΛΕΜΑΧΟΣ・ΠΕΝΕΛΟΠΕ の銘が添えられる。裏面には乳母が父の足を洗う認知の場面が置かれ、一つの器に「発つ息子」と「帰る父」が対で収められている。
近世以降はむしろ絵画の主題として増える。フェヌロンの教育小説『テレマックの冒険』(1699年)の流行によって、師メントールに導かれる青年という姿が繰り返し描かれた。
系譜と関係
父オデュッセウス、母ペーネロペー。祖父はラーエルテース。導き手はアテーナーだが、作中で彼が助言を受けるのは、多くの場合メンテースやメントールに姿を変えた女神である。後代の伝承では、パイアーケスの王女ナウシカアーと結ばれたとする説、キルケーの子テーレゴノスの母ペーネロペーを介して複雑に絡む系譜も現れる。
文化的足跡
師メントールの名は、フェヌロンの小説を経て英語の mentor(助言者・指導者)となった。原典のメントールがほとんど何もせず、実際に助言していたのは姿を借りた女神だったという事情は、この語の来歴からは見えなくなっている。