パーシパエー
パシパエ · パーシパエ · Pasiphae
ギリシア神話のクレータ王ミーノースの妃。太陽神ヘーリオスの娘で、牡牛への恋からミーノータウロスを生んだ。もとはクレータの女神とみられる。
解説
概要
パーシパエー(Πασιφάη / Pāsipháē)は、クレータ王ミーノースの妃で、ミーノータウロスの母である。名は「すべてに輝く」を意味し、ヘーリオスの娘という系譜と響き合う。もとはクレータで崇拝された月ないし大地の女神で、のちにギリシアの英雄譚へ王妃として組み込まれたとみる説が有力である。キルケー・アイエーテースと兄弟で、姉と同じく薬と魔術に長けたと伝えられる。
神話・物語
ミーノースは王位を争ったとき、神々の承認の証しとしてポセイドーンに海から牡牛を出すよう願い、それを捧げると誓った。牡牛は現れ、王位も得たが、ミーノースは美しさに惹かれてその牡牛を手元に残し、別の牛を犠牲にした。怒ったポセイドーンは牡牛を狂暴にし、さらにパーシパエーがこの牡牛に恋するよう仕向けた。異伝では、敬われなかったアプロディーテーの仕業とも、父ヘーリオスがアレースとの密通をヘーパイストスに告げたことへの報復ともいう。いずれの版でも、罰を受けるのは誓いを破った夫ではなく妻である。
思いを遂げるため、彼女は工匠ダイダロスに木造の牝牛を作らせ、その中に入って牡牛と交わった。生まれたのが牛頭のミーノータウロスである。
魔術の逸話もある。夫の浮気に腹を立てた彼女は、ミーノースが他の女を抱こうとすると体から獣を放って相手を殺す呪いをかけた。プロクリスだけは、キルケーの薬を用いて(一説には別の策で)難を逃れたという。
この物語の異様さは後代の道徳的な読みを強く誘ったが、原型を辿れば、牡牛と女神の結合はクレータ・エーゲ海の祭祀に広く見られる主題である。王権と豊穣を結ぶヒエロス・ガモスの変形と解する見方があり、その場合、恥辱として語る筋書きのほうが後から加わったことになる。
図像と象徴
本ページの主画像は、エトルリアのウルチから出土した前340〜320年頃のアッティカ赤絵式キュリクス(パリ、フランス国立図書館メダイユ室 De Ridder 1066)で、幼いミーノータウロスを膝に抱いて見つめるパーシパエーを描く。牛頭の子は怪物ではなく赤子として扱われ、母子像の形式にそのまま収まっている。物語の恐ろしさと図像の穏やかさの落差が、この作例をよく知られたものにしている。
ローマの壁画やモザイクでは、ダイダロスが木造の牝牛を仕上げる工房の場面が好まれた。行為そのものではなく、その準備を描くという迂回である。ポンペイのウェッティウス家の壁画がその例で、王妃は座して完成を待つ姿で表される。
系譜と関係
父ヘーリオス、母ペルセーイス。兄弟にキルケー、アイエーテース、ペルセース。夫ミーノースとの間にカトレウス、デウカリオーン、グラウコス(海神グラウコスとは別人)、アンドロゲオース、アリアドネー、パイドラーらを生んだ。娘アリアドネーとパイドラーはいずれもテーセウスに関わり、この一族はクレータとアテーナイの対立を血縁として担っている。ミーノータウロスは牡牛との子であり、ミーノースの血を引かない。
文化的足跡
木星の衛星パシファエは彼女にちなむ。近代以降この神話は欲望と獣性の主題として繰り返し取り上げられ、アンリ・マティスはモンテルランの詩劇『パシファエ』にリノカットの挿画を寄せている(1944年)。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。