ペーネロペー
ペーネロペイア · ペネロペ · ペネロペイア
ギリシア神話のイタケー王妃。オデュッセウスの妻として二十年の留守を守り、機を織っては夜ごとほどいて求婚者たちを退けた。
解説
概要
ペーネロペー(Πηνελόπη / Penelope。『オデュッセイア』ではペーネロペイア)は、イタケー王オデュッセウスの妻である。夫の不在の二十年をイタケーで耐え、押しかけた求婚者たちを退け続けたことから、古代以来「貞節」の代名詞として扱われてきた。
ただし叙事詩の彼女は、ただ待つ人物ではない。夫が変装と偽名で危機を抜けるのに対し、妻は織物と試問で時間を稼ぎ、相手を確かめる。この夫婦は同じ資質を分け持っている。
神話・物語
名高いのは機の計略である。舅ラーエルテースの葬送に着せる衣を織り上げたら求婚者の一人を選ぶと告げ、昼に織った分を夜ごとほどいて三年を稼いだ。侍女の密告で露見し、期限に追い込まれた彼女は、夫の強弓を張って十二の斧の柄穴を射抜いた者に嫁ぐと宣言する。この競技こそが、乞食に身をやつして館にいたオデュッセウスの手に武器を渡す仕掛けになった。誰の計算だったのかを、詩は明示しない。
求婚者を討ち終えた夫が名乗っても、彼女はすぐには認めない。神が姿を借りている可能性を疑い、寝室の寝台を運び出すよう侍女に命じる。生きたオリーブの幹を切らずに彫り上げた寝台は動かせない——それを知って狼狽した男を見て、はじめて彼女は夫と認めた。相手を試して確かめるという、この物語で繰り返される手続きの、最後の一つである。
いつ気づいていたのか、という問いは古代から論じられてきた。弓の競技を提案した時点で察していたと読む立場もあり、詩の記述はどちらとも取れる。
異伝もある。アルカディアの伝承では、求婚者たちに身を任せてパーンを生んだとも、不貞のためオデュッセウスに送り返されたともいう。貞女像は自明のものではなく、地域ごとに別の話が併存していた。
図像と象徴
標識は機(はた)と、足を組み頬に手を当てて俯く座像である。「ペーネロペー型」と呼ばれるこの姿勢は前5世紀半ばに成立し、待つ女・喪に服す女の定型としてギリシア美術に広まった。銘がなくとも、この姿勢だけで彼女と分かる。
本ページの主画像は、その型を伝えるローマ期の大理石像(後1世紀、ヴァチカン美術館ピオ・クレメンティーノ Inv.754)である。前440年頃のアッティカ赤絵式スキュポス(キウーシ国立考古学博物館 1831)は、機の前に同じ姿勢で座る彼女と、旅立つ息子を銘つきで描く。
ローマの壁画も、ルネサンス以降の絵画も、彼女から機と糸を手放さなかった。人物像と道具がこれほど固く結びついた例は多くない。
系譜と関係
父はイーカリオス、母は泉のニュンペーペリボイア。異伝では母をドーロドケーやアステロディアとする。ヘレネーは従姉妹にあたる。夫オデュッセウスとの子はテーレマコス。帰還後に生まれたプトリポルテースを挙げる伝えもある。
『テーレゴネイア』の後日談では、夫の死後にキルケーの子テーレゴノスと結ばれることになっている。
文化的足跡
「ペネロペの織物」は、終わることのない仕事を指す慣用句として西欧諸語に定着した。近代には、彼女の側から二十年を語り直す試みが続いており、マーガレット・アトウッド『ペネロピアド』(2005年)は、物語の末尾で絞首される十二人の侍女に語らせる形で叙事詩を裏返している。