ヘカテー
ヘカテ · ヘカテイア · トリウィア(ローマ)
ギリシア神話の女神。魔術・十字路・冥界を司り、たいまつと鍵と犬を伴う。後代には三面三体の姿で表され、月とも結びつけられた。ヘシオドスは天地海に特権を及ぼす大女神として讃えた。
解説
概要
ヘカテー(Ἑκάτη / Hecate)は、ギリシア神話の女神で、魔術・呪術・十字路・夜・冥界を司る。たいまつ・鍵・短剣・蛇を持ち、犬を従える姿で知られ、後代には三面三体(トリモルポス)で表された。神統記を著したヘシオドスは、彼女を天・地・海のいずれにも特権を及ぼす大女神として、際立った敬意をもって描いている。ギリシアの多神教のなかでは、中心よりも十字路・戸口・墓場といった境界に住まう神格である。
神話・物語
『神統記』によれば、ヘカテーはティーターン神族ペルセースとアステリアーの娘であり、一人娘でありながらゼウスから天・地・海にわたる分け前を認められたという。この破格の厚遇は、彼女がオリュンポス体制以前の古い信仰層に根を持つことをうかがわせる。
一方『デーメーテールへの讃歌』では、さらわれた娘ペルセポネーを探すデーメーテールに寄り添い、松明を掲げてともに探索する役として現れる。以後ヘカテーはペルセポネーの侍女として冥界と地上を往還し、プシュコポンポス(魂の導き手)の性格を帯びる。夜半に十字路をさまよう亡霊や、テッサリアの魔女たちの守護者としても畏れられた。
図像と象徴
初期の図像は単身の女神だが、パウサニアスによれば前5世紀の彫刻家アルカメネスがアクロポリスに三体の像(エピピュルギディア)を制作して以降、三つの体を背中合わせに配した三面像(ヘカタイオン)が定型となった。三面は天・地・海、あるいは満ち欠けする月の三相を表すと解される。持物は両手に掲げる二本のたいまつ(冥界を照らす光)、扉を開く鍵、短剣あるいは鞭、そして絡みつく蛇。足元には犬が控え、その吠え声は女神の接近を告げるとされた。ヴァチカンのキアラモンティ蔵の三体像は、ヘレニズム期の原作に基づくローマ期の模刻で、この図像の完成形を伝えている。
系譜と関係
母アステリアーはレートーの姉妹であり、その縁からヘカテーはアルテミス・アポローンと従姉妹の関係に置かれる。月・夜・狩りといった領分の近さから、ヘカテーはやがてセレーネーやアルテミスと習合し、天のセレーネー・地のアルテミス・冥界のヘカテーからなる三相の月の女神という観念を生んだ。ローマではトリウィア(「三つ辻の女神」)と同一視された(インテルプレタティオ・ロマーナ)。役割の上では月神であると同時に、死神・冥界神としての性格を色濃く帯びる。
文化的足跡
ルネサンス以降、三面のヘカテーは魔術と夜の寓意として絵画・版画に取り上げられ、ウィリアム・ブレイクの幻視的な作品などに姿を変えて生き延びた。シェイクスピア『マクベス』では魔女たちを統べる存在として言及される。現代では女神復興運動やゲーム・アニメ作品にもしばしば登場するが、そこで前面に出る「魔術の女神」像は、古典期にはむしろ数ある側面の一つにすぎなかった。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。