スキュラ
スキュレー · スキラ · Skylla
ギリシア神話の海の怪物。六つの頭と十二本の足を持ち、海峡を通る船から船員を攫う。もとは美しいニュンペーで、キルケーの毒によって変えられたと伝えられる。
解説
概要
スキュラ(Σκύλλα / Skylla)は、海峡の岩に棲むギリシア神話の怪物である。名は「犬の子」を指す語に由来するとされ、その造形にも吠える犬が組み込まれている。渦潮の怪物カリュブディスと対をなし、両者に挟まれた水路を通ることは、どちらを選んでも損害を免れない状況の代名詞となった。
なお、メガラ王ニーソスの娘スキュラは同名の別人である。攻め寄せたクレータ王ミーノースに恋して父を裏切り、鳥に変えられたと伝えられる。
登場する物語
ホメーロス『オデュッセイア』第12巻では、キルケーの助言に従ったオデュッセウスが、カリュブディスを避けてスキュラの岩の側を進む。三列に並んだ歯を持つ六つの頭がそれぞれ船員をひとりずつ攫い、六人が失われる。全滅を避けるためにあらかじめ犠牲を選ぶ場面であり、オデュッセウスには手の出しようがなく、仲間の悲鳴を聞くほかなかった。
怪物になる前の話は後代のものである。オウィディウス『変身物語』によれば、彼女はもともと求婚者を退け続けるニュンペーであった。海神グラウコスに言い寄られて逃げると、グラウコスはキルケーを訪ねて恋の成就を頼む。ところがキルケー自身がグラウコスに惹かれ、拒まれた腹いせに、スキュラが水浴びする淵へ毒を流した。水に入ったスキュラの腰から犬の群れが生え、それが自分の体の一部だと知る、という筋である。ポセイドーンに愛されたために妃アムピトリーテーがキルケーに依頼したとする異伝もある。ホメーロスは変身の経緯を語らない。
アルゴナウタイの航海では、アルゴー船はヘーラーの加護によって無事に通過している。ヘーラクレースがゲーリュオーンの牛を連れ帰る途中、牛を食われた報いにスキュラを討ったが、父ポルキュースが蘇らせたという話もある。ウェルギリウス『アエネーイス』の時点では、彼女はすでに岩礁と化しているとされる。
図像と象徴
『オデュッセイア』の記述は六つの頭・十二の足・三列の歯というだけで、胴体の説明がない。図像はその空白を埋める形で発達した。陶画や彫刻では、上半身は女性、腰から下は魚の尾、そして腰の周りから犬の前半身が数頭生えるという構成に落ち着く。犬の頭を連ねた帯を巻いた姿で表されることもある。
本ページの主画像は、前450〜425年頃のボイオーティア赤絵式クラーテール(ルーヴル美術館 CA1341)に描かれたスキュラで、剣を手にした女性の上半身と魚の下半身を持つ。壺絵で彼女が武器を携える例は珍しくない。船を待ち伏せる怪物というより、海の戦士に近い造形である。
エトルリアとローマの美術でも好まれた主題で、石棺の浮彫、床モザイク、ブロンズの小像に繰り返し現れる。船を襲う姿が墓や浴場を飾るのは奇妙にも見えるが、危険な図像を掲げて危険を退ける護符的な用法と解する見方がある。
関係する神格・退治した英雄
母をクラタイイース(「強き女」の意で、ヘカテーの別名とも、海のニュンペーともいう)とするのがホメーロスの伝えるところで、キルケーはオデュッセウスにこの母神へ祈るよう勧める。ほかにポルキュースとヘカテーの娘、テューポーンとエキドナの娘、ラミアーの娘、ポセイドーンの娘とする説があり、系譜は定まらない。怪物の出自を有力な神格に接続しようとする力が、伝承ごとに別の答えを出した結果である。
対峙した英雄はオデュッセウスと、異伝におけるヘーラクレース。アイネイアース一行が通ったときには岩に変じており、危険はすでに去っていたとされる。
文化的足跡
「スキュラとカリュブディスのあいだ」は、二つの危険のいずれも避けられない板挟みを指す慣用句として、西欧の諸言語に定着した。海峡はイタリア半島とシケリアを隔てるメッシーナ海峡に比定されるのが通例で、対岸のカラブリア側には現在もシッラ(Scilla)の町がある。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。