ラー
レー · ラア · ラー・ホルアクティ
エジプト神話の太陽神。昼は船で空を渡り、夜は冥界で蛇アペプと戦って朝に生まれ直す。王は「ラーの子」を名乗り、太陽の運行そのものが王権の根拠とされた。
解説
概要
ラー(rꜥ / Ra)は、古代エジプトの太陽神である。名はエジプト語で「太陽」そのものを指す。第5王朝(前25〜24世紀)には国家の主神の位置に立ち、天・地・冥界のすべてを支配する者とされた。
日本語では「レー」とも書かれる。古代エジプト語は母音を表記しないため実際の発音は確定しないが、復元音には「レー」のほうが近いとされる。本サイトは通用の「ラー」を見出しに採る。
この神が特異なのは、単独で完結しないことである。アトゥムと、アメンと、ホルアクティと結合し、そのつど別の名で呼ばれる。エジプトの神学は神を足し合わせる(習合)。ラーはその足し算の中心にあった。
神話・物語
太陽の一日が、そのままこの神の物語である。昼の船マンジェトで空を渡り、西の地平から冥界(ドゥアト)に入り、夜の船メセケテトで十二の門を抜ける。夜の航行を妨げるのが巨大な蛇アペプで、毎晩戦って倒す。倒し損ねれば朝は来ない。世界の秩序は、繰り返し勝ち取られるものとして語られている。
創造の物語では、原初の水ヌンのなかにただ一つ存在し、みずから立ち上がって最初の丘となる。ただしヘリオポリスの神学において創造者は本来アトゥムであり、ラーはこれと結合してアトゥム・ラーと呼ばれた。人間はラーの涙から生まれたとも語られる。エジプト人が自らを「ラーの家畜」と呼んだのはこの伝承による。
老いたラーの物語がある。『天の牝牛の書』では、老いた神に人間が謀反を企て、ラーは自らの目を娘として送り出す。ハトホルはセクメトとなって人を殺し尽くそうとし、止まらなくなる。ラーは赤く染めた麦酒を大地に流させ、血と見まちがえて飲んだ女神は酔い、殺戮は終わる。神が自分の造った世界を持て余す話である。イシスが毒蛇でラーを苦しめ、解毒と引き換えに秘密の真の名を聞き出す話も伝わる。名を知る者が力を持つという、エジプトの呪術の前提がここに露出している。
図像と象徴
基本形は、ハヤブサの頭をもつ人間の姿で、頭上に太陽円盤を戴き、円盤にはコブラ(ウラエウス)が巻きつく。この円盤とコブラの組み合わせが同定の鍵である。ハヤブサの頭は本来ホルスのものであり、ラー・ホルアクティ(「二つの地平線のホルスであるラー」)としての姿がそのまま定型になった。
時刻によって姿が変わる。朝は糞転がし(スカラベ)のケプリ、昼は太陽円盤そのもの、夕から夜は雄羊の頭をもつ姿である。王墓の壁に描かれる「冥界の書」——『アムドゥアト書』『門の書』——は、この夜の姿の航行を一時間ずつ図解する。絵と文字が分かちがたく組み合わされた、エジプト美術で最も体系的な図像群である。
太陽そのものの象徴は、オベリスク(先端の金は日光を反射した)と、ヘリオポリスに立てられたベンベン石である。ラーの化身とされた聖牛ムネウィスはヘリオポリスで飼われ、専用の墓地に葬られた。老いた王としてのラーは、黄金の肉体・銀の骨・ラピスラズリの髪をもつと記される。神の身体を鉱物で語るのは、エジプト美術の物質観そのものである。
系譜と関係
自ら生じた神であり、原初の水ヌンから出たとされる。後期の伝承にはネイトを母とするものもある。子はシュー(大気)とテフヌト(湿気)で、そこからゲブ(大地)とヌト(天)、さらにオシリス・イシス・セト・ネフティスへ続く。この九柱がエネアドである。ただしヘリオポリスの神学では系譜の起点はアトゥムであり、ラーは結合によってその位置に入った。単純な家系図として読むと、この体系を読み違える。
娘とされる女神は複数いる。ハトホル、セクメト、バステト、テフヌト——いずれもラーの目と呼ばれる同じ機能の別の現れである。新王国期には、夜のラーはオシリスと合体して一つになるとも説かれた。太陽が死者の国を通ることを、二柱が互いの魂であると言い表している。
他体系との関係では、アメンとの結合が最も重い。新王国期のテーベでアメン・ラーとなり、「神々の王」の称号を得た。上エジプトの新興勢力が下エジプトの古い太陽神学を取り込んだ、政治の産物でもある。ギリシア人はラーの祭祀都市イウヌを「太陽の都」ヘリオポリスと呼び、ラーをヘーリオスに擬した(インテルプレタティオ・グラエカ)。
文化的足跡
祭祀の中心はイウヌ(現在のカイロ北東部)で、第5王朝の王たちは専用の太陽神殿を築いた。第4王朝には王が「ラーの子」と称され、やがてこれは戴冠名に加わる正式な称号となる。以後三千年、エジプトの王権はこの一語を手放さなかった。アクエンアテンが推した太陽円盤アテンの信仰も、ラーの神学の内側から出た再編である。神殿祭祀はローマ期に途絶えた。
ヨーロッパがこの図像を読めるようになるのは1822年のヒエログリフ解読以降で、それまで太陽神の姿は意味の取れない記号として神秘趣味に消費された。現代のゲームや漫画にも名が出るが、造形も設定も作品ごとのものである。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。