ヌト
ヌウト · ネウト · ヌゥト
エジプト神話の天空の女神。星をちりばめた身を弓なりに反らして大地を覆い、夕べに太陽を呑み、暁に産み直す。棺の内側に描かれ死者を抱いた。
解説
概要
ヌト(エジプト語 Nwt)は、天そのものを神格化した女神である。ヘリオポリスの九柱神の第三世代にあたり、大気の神シューと湿気の女神テフヌトの娘、大地の神ゲブの妹にして妻である。天を女性、地を男性とするこの組み合わせは、天父と地母を立てる体系が多いなかで反転しており、エジプト神話を特徴づける配置として繰り返し論じられてきた。
神話・物語
ヌトとゲブは抱き合ったまま離れなかった。父シューが両者のあいだに割って入り、ヌトを持ち上げて天へ据えたことで、世界に上下の隔たりが生まれたという。
太陽の運行はヌトの身体を舞台とする。日中、太陽は彼女の体に沿って進み、夕べにその口へ呑み込まれ、夜のあいだ体内を通り、暁に産み直される。星々もまた同じ周期をたどるとされた。デンデラのハトホル神殿にある「ヌトの礼拝堂」の天井浮彫は、この呑み込みと出産を一続きの図として示している。
子の誕生については、プルタルコス『イシスとオシリスについて』が有名な逸話を伝える。ヌト——プルタルコスはこれをレアーと呼ぶ——が一年のいずれの日にも出産できぬよう呪われたため、ヘルメースが月の女神から光を賭け取って五日を作り出し、ヌトはその五日にオシリス・大ホルス・セト・イシス・ネフティスを産んだという。ただしこれはギリシア語で書かれた再構成であり、古代エジプトの文献に対応する記述はほとんど見当たらない。孕ませたのが夫か父かという点でも、プルタルコスの説明とエジプト側の暗示は食い違う。
図像と象徴
最もよく知られるのは、裸身を弓なりに反らし、指先と爪先だけで大地に触れて世界を覆う姿である。四肢の触れる先は東西南北の四方に対応するとされた。体には星が散らされ、腹の下を太陽の舟が進む。頭上には名を綴る文字である水壺(nw)を戴くことがある。
牝牛の姿で表されることもあり、この場合その巨体そのものが天蓋となる。シカモアイチジクの木として現れ、枝のあいだから死者に水と食物を差し出す図像も死者の書に見える。多くの子豚に乳を与える牝豚として描かれた例もあり、子豚は星と解される。
とりわけ重要なのが棺の内側である。第26王朝の高官シソベクの石棺(大英博物館蔵)のように、蓋の裏面や棺の底に、翼を広げるヌトが刻まれた。死者は文字どおり女神の胎内に横たわり、太陽と同じ再生の道をたどることになる。墓室の天井を紺青に塗って星を散らす意匠や、王墓に描かれた天文図も、同じ観念に発している。
系譜と関係
シューとテフヌトの子、ゲブの妹にして妻。オシリス・イシス・セト・ネフティスの母であり、ホルスの祖母にあたる。毎朝太陽を産み直す存在として、太陽神ラーの母とも位置づけられた。牝牛の姿と天空の性格を共有するハトホルとは役割が重なる部分が多く、両者の図像は近い。オシリスが天へ昇るために用いたとされる梯子はヌトの象徴の一つで、模型が護符として墓に納められた。
文化的足跡
ピラミッド・テキスト以来、死者は母としてのヌトに向かって、自分の上に身を広げ、その中にある不滅の星々のあいだに加えてほしいと願ってきた。天井画や棺絵として残された図像は、近代の美術史・天文学史の関心を集め、弓なりの身体を天の川に見立てる解釈も提出されている。現代の創作作品でも、天空の女神として名を借りられることがある。
領分・別名
図版で辿る
グリーンフィールド・パピルスより天の女神ヌトと大地の神ゲブ(第21王朝、大英博物館蔵)/WIKIMEDIA COMMONS、パブリックドメイン
図版はいずれもパブリックドメインまたは CC0。所蔵館・撮影者の表記は各図版のキャプションに従う。例: The Metropolitan Museum of Art, CC0/Wikimedia Commons のライセンス表記に準拠。
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。