ネフティス
ネベト・ヘト · ネフテュス · Nebet-het
エジプト神話の葬送の女神。姉イシスとともに死者を嘆き、ミイラを守る。セトの妻でありながら、殺されたオシリスの側に立った。
解説
概要
ネフティス(エジプト語 nbt-ḥwt、「館の女主人」の意)は、死と葬送に深く関わる女神である。日本語の定訳はギリシア語形ネフテュスに由来する。ヘリオポリスの九柱神の末席に位置し、ゲブとヌトの娘、イシス・オシリス・セトの妹にあたる。姉イシスと対をなして棺の両端に立ち、死者を守る姿で無数に描かれた。イシスが誕生を象徴するのに対し、ネフティスは死をその身に引き受ける——両者は対比のなかで意味をもつ。
神話・物語
ネフティスの名が最も鮮明に現れるのは、オシリス殺害の物語においてである。セトに殺されてばらばらにされた兄の遺体を、イシスは各地から拾い集める。ネフティスはその探索に付き添い、姉とともに嘆きの声を上げた。アビュドスをはじめとする祭儀では、二人の女性が二女神の役を演じて「イシスとネフティスの哀歌」を唱えたことが、末期王朝からローマ期のパピルスによって知られる。
セトの妻とされるのが通例だが、この関係は近年の研究で見直されつつある。プルタルコス『イシスとオシリスについて』(後1世紀頃)は明確に夫婦と記す一方、古い時代のエジプト語文献に両者を結ぶ確かな言及は乏しい。ネフティスが結ばれたのは、オシリス殺害者としてのセトではなく、太陽の舟を襲う蛇アペプを退ける守護者としてのセト——ローマ期の西方オアシスで並んで祀られた相——であったとする見方も提出されている。
冥界の神アヌビスの母をネフティスとする伝えもある。プルタルコスによれば、彼女はオシリスと交わってアヌビスを産み、セトを恐れて子を捨てたが、イシスが見つけて育てたという。ただしアヌビスをラーの子、あるいはバステトの子とする異伝もあり、系譜は一本化されていない。
図像と象徴
ネフティスは、頭上に自らの名を綴る文字を戴く女性として表される。神殿の囲いを表す記号(ḥwt)の上に、「女主人」を意味する籠(nb)を載せた組み合わせであり、これが姉イシスの玉座の記号と対をなして、二人を一目で見分けさせた。
葬送の場面では、腕から翼を広げた姿、あるいはトビそのものの姿をとる。トビの甲高い鳴き声が、死者を悼んで泣き叫ぶ女たちの声を連想させたためと考えられている。ラメセス3世の赤色花崗岩製石棺(ルーヴル美術館蔵)には、「金」を意味する記号の上に座すネフティスが浮彫りされ、王の遺体を抱くように配置された。棺の四隅やカノプス壺の周囲では、イシス・ネイト・セルケトとともに四方を固める守護神の一柱を務め、肺を納めた壺を守る子神ハピに付き添う。エドフやデンデラの浮彫には、大量の麦酒を捧げられる姿も刻まれており、哀悼一色の神ではない。
系譜と関係
ゲブとヌトの娘。通例セトの妻とされ、アヌビスの母ともされる。ホルスに対しては叔母にあたるが、ピラミッド・テキストは彼女を「乳母」と呼び、イシスを「産みの母」と対比させる。この乳母としての性格から、現に位にあるファラオの養育者ともみなされ、ラメセス朝の王たちはカルナクやルクソールで彼女を厚く遇した。一方、王の敵を炎の息で焼き払う荒々しい相も伝えられており、穏やかな哀悼者に尽きる神ではない。
文化的足跡
死者の書や墓室の壁画において、イシスとネフティスが左右から死者を挟む構図は、エジプト葬制のもっとも基本的な図像の一つとなった。ドゥアトを旅する死者にとって、二女神の呪文は関門を越えるために欠かせないものとされる。プルタルコスは彼女がテレウテー(終わり)、アプロディーテー、ニケの名でも呼ばれると記しており、ギリシア人がこの女神をどう理解しようとしたかがうかがえる。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。