ケプリ
ケペラ · ヘプリ · ラー・ケプリ
エジプト神話の朝日の神。糞玉を転がすフンコロガシの姿で日輪を東へ押し上げる。「生成する」という動詞をそのまま名にもち、太陽の再生を体現した。
解説
概要
ケプリ(エジプト語 ḫprj)は、昇る朝日を担う神である。名は「生成する」「存在するようになる」を意味する動詞 ḫpr に由来し、同じ語根がフンコロガシを指す語でもあった。太陽神ラーの一相として位置づけられ、朝をケプリ、日中をラー、夕暮れをアトゥムが担うという三分は、新王国以降のエジプト神学に定着している。独立した神殿も神官団ももたなかった点で、他の主要神とは性格を異にする。
神話・物語
ケプリを主人公とする物語は伝わらない。この神が現れるのは、太陽の夜の航行を描く葬祭文書のなかである。『アムドゥアト書』では、夜の第六時に横たわるケプリの遺骸にラーの魂が合一し、第十二時に生まれ変わったケプリが太陽の舟を先導して地平へ出る。『門の書』『洞窟の書』にも、同じ主題が配置を変えて現れる。
その名の由来は観察に根ざしている。フンコロガシは糞を球に丸めて後ろ足で転がし、その中に卵を産む。やがて成虫が球を食い破って現れるさまが、古代エジプト人には無から生命が生じたように見えた。日輪を東へ押し上げる甲虫という像は、この観察と太陽の日々の再生とを重ね合わせたものである。
図像と象徴
最も基本的な図像はスカラベそのもの、すなわち甲虫の姿である。人身に甲虫の頭を載せた形も新王国以降に定着した。王妃ネフェルタリの墓(QV66)前室東壁には、玉座に座しウアス杖とアンクを手にするケプリが鮮やかな彩色で描かれている。頭部が丸ごと甲虫であって顔をもたないという、エジプト美術のなかでも異例の造形である。
護符としての甲虫像は、青緑のファイアンスや貴石で夥しく作られた。青は天を、あるいは原初の水を指す色とされる。なかでも心臓スカラベは、ミイラの胸に置かれ、『死者の書』第30章の呪文を刻まれた。心臓の計量の場で、心臓が持ち主に不利な証言をしないよう封じるための護符である。日輪を掲げ、あるいは両側に翼を広げた甲虫の意匠は胸飾りや棺の装飾に広く用いられ、トゥトアンクアメンの副葬品にも複数の例がある。
系譜と関係
ラーの一相であり、独立した系譜をもたない。アトゥムとは朝と夕という対をなし、両者を合わせて太陽の一日が完結する。ドゥアトを巡る夜の航行においては、ラーの再生そのものを体現する存在として、オシリスの復活と並ぶ位置を占めた。先王朝時代の墓からミイラ化した甲虫や甲虫形の護符が出土しており、この観念がエジプト史のごく早い段階に遡ることを示している。
文化的足跡
甲虫形の印章は、行政文書の封印から記念品まで広く用いられた。アメンヘテプ3世が発行した大型の記念スカラベのように、王の狩猟や婚姻の記録を刻んで各地へ配ったものもある。甲虫が太陽を押すという意匠は、近代のエジプト趣味を通じて装飾美術に取り込まれ、現代の創作作品でも朝日の神として名を借りられている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。