セクメト
サクメト · セフメト · Sekhmet
エジプト神話の獅子頭の女神。ラーの目として人類を滅ぼしかけ、血と見まがう赤い麦酒に酔って鎮められた。疫病を送り、また癒す。
解説
概要
セクメト(エジプト語 sḫmt)は、獅子の頭をもつ古代エジプトの女神である。名は「力」を意味する語 sḫm に由来し、「力ある女」と訳される。太陽神ラーの娘とされ、その怒りを体現するラーの目の一相をなす。疫病は彼女の使者が運ぶとされたが、同時に医師たちは治癒の守護神として彼女を呼んだ。荒れ狂う力と、それを鎮めることで得られる加護とが、一柱の女神のうちに同居している。
神話・物語
最もよく知られるのは、新王国の『天の牝牛の書』が伝える人類討伐の物語である。この文書はトゥトアンクアメン王墓やセティ1世王墓の壁に記された。老いた太陽神ラーに人間が謀反を企てたとき、ラーは自らの目である女神を地上へ遣わす。ハトホルとして送り出された女神はセクメトと化して人を屠り、血に酔って止まらなくなった。神々は赤土で赤く染めた大量の麦酒を野に流し、それを血と見誤ったセクメトは飲み干して眠り込む。こうして人類は滅亡を免れた。
同じ話には別の結びも伝わる。欺かれたことに憤った女神はエジプトを去り、太陽の力が衰えて世界が危うくなったため、トートが言葉を尽くして連れ戻したという。荒ぶる女神をなだめて呼び戻すという主題は、後期の神殿文書に広く見られる。
図像と象徴
雌獅子の頭と女性の身体をもつ立像・座像に表される。頭上には日輪を戴き、その前面に鎌首をもたげたコブラ(ウラエウス)を配することが多い。手には生命の象徴アンクと、パピルスの茎をかたどった笏を握る。同じく猫科の女神バステトが家猫の穏やかさを帯びるのに対し、セクメトの造形は雌獅子の顎と鬣の表現に力点が置かれ、両者の性格の違いが彫刻の上に読み取れる。
アメンヘテプ3世は、テーベの葬祭殿とムト神殿のために黒色花崗岩のセクメト座像を大量に造らせた。その数は七百体を超えると見積もられており、一年の昼と夜の一日ごとに一体を対応させたとする説明がある。これらは近代に各地へ分散し、いま大英博物館、ルーヴル美術館、トリノのエジプト博物館など世界の主要館に立つ。単一の神格としては、現存像の数がエジプト美術のなかで際立って多い。
系譜と関係
ラーの娘。メンフィスではプタハの妻とされ、蓮から生まれた子ネフェルトゥムと合わせて三柱一組の神群をなした。獅子頭の軍神マアヘスもその子と伝えられる。テーベが勢力を得るとムトがその性格を吸収し、両者の像が同じ神域に並ぶことになった。バステトとは姉妹とも、同一の女神の荒ぶる相と穏やかな相ともされ、猫科の女神たちの区別は図像の上でも必ずしも明瞭ではない。
文化的足跡
年頭には「酩酊の祭」が催され、人々は音楽と踊り、大量の麦酒によって、人類を救ったあの酔いを再現した。ルクソールのムト神殿では、ハトシェプスト女王が設けた「酩酊の柱廊」とされる遺構が発掘されている。世界各地の博物館に並ぶ座像群は、エジプト美術を象徴する光景の一つとなり、その厳しい表情は近現代の美術や創作にも繰り返し引かれてきた。
領分・別名
図版で辿る
セクメト女神坐像(第18王朝)/THE METROPOLITAN MUSEUM OF ART, CC0
図版はいずれもパブリックドメインまたは CC0。所蔵館・撮影者の表記は各図版のキャプションに従う。例: The Metropolitan Museum of Art, CC0/Wikimedia Commons のライセンス表記に準拠。
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