蛇形記章
ウラエウス · ウレウス · 聖蛇
ファラオの額を飾る、鎌首をもたげたコブラの記章。下エジプトの女神ウアジェトの顕現であり、王権の正統性と敵を焼く炎の守護を表した。
解説
概要
蛇形記章(ウラエウス、希 Οὐραῖος、エジプト語 jꜥrt「鎌首をもたげるコブラ」)は、ファラオの冠や額を飾る、身を起こしたコブラの意匠である。単なる装飾ではなく、下エジプトの守護女神ウアジェトそのものの顕現とされた。これを戴くことが王として認められる条件であり、その伝統は古王国、前3千年紀にまで遡る。
由来と物語
ウアジェトは、ナイル・デルタの都ペル・ウアジェト(ギリシア名ブト)を本拠とする蛇の女神で、下エジプトの守護者である。上エジプトを守るハゲワシの女神ネクベトと対をなし、国土の統一以降、王冠には両者が並んで据えられた。二柱を合わせて「ネブティ(二女神)」と呼び、王の正式な称号の一つはこの二女神の名を冠する。両者の祭祀がそれぞれ強かったため、エジプトの神々にしばしば起こる融合を経ずに、二柱は別の神格のまま並び続けた。
王が太陽神ラーの顕現とみなされるにつれ、額のコブラには炎を吐いて敵を焼く力が帰された。神話文書には、ラーの目が蛇形記章にほかならないと記すものもある。守るために燃やすというこの性格が、王の額という位置に据えられている。
図像と象徴
最もよく知られた形は、ネメス頭巾やケペレシュ(青冠)の前面に、上体を起こしたコブラを据えるものである。新王国以前は、頭を上げたコブラの胴が青冠の上で輪を巻く形が用いられた。青冠は戦闘とその直後の場面で王が被る冠であり、地上の身体をもつ神たる王に、いっそうの守護が要ると考えられたことを示している。
素材は金が基本で、目にざくろ石、頭部にラピスラズリ、広げた頸部に紅玉髄やトルコ石を象嵌する。1919年、ラフーンのセンウセレト2世のピラミッドから見つかった黄金の記章は高さ六・七センチ、まさにその構成をとる。トゥトアンクアメン王墓が発見される1922年以前には、王が実際に身につけた記章として唯一知られた例であった。トゥトアンクアメンの黄金の玉座には、背面に四体のコブラが金とラピスラズリで並ぶ。
ヒエログリフとしても用いられた。単独では「コブラ」を、神の旗竿の足元に添えれば「女神」を表す。ロゼッタ・ストーンの文面には、この組み合わせの複数形で「神々と女神たち」を綴った箇所がある。
関わる伝承・神格
ウアジェトの化身であるが、ラーの目としての性格をもつ女神たち——イシス、ハトホル、セクメトなど——も同じ記章を戴く。新王国の王の頭飾りに蛇とハゲワシが並ぶ場面については、これをウアジェトとネクベトではなく、葬祭の二女神イシスとネフティスと見る解釈も提出されている。
一方、ヘブライ語聖書に現れる熾天使セラフィムの起源を、有翼の蛇形記章に求める説がある。イスラエルの地からは翼をもつ蛇形記章の護符が多数出土しており、図像の伝播をめぐる議論が続いてきた。
文化的足跡
黄金のマスクや玉座に据えられた蛇形記章は、20世紀のツタンカーメン展を通じて、古代エジプトそのものを指し示す意匠として世界に知られた。額から立ち上がるコブラという図像は、現代の映像作品や意匠デザインにおいても、エジプト王権を一目で示す記号として用いられている。