バステト
バスト · バステート
古代エジプトの女神で、ラーの娘、ラーの目の一つ。はじめ雌獅子の姿、第3中間期から猫の姿で表された。下エジプトのブバスティスが崇拝の中心で、ヘロドトスは70万人が集う祭を記す。神殿跡やサッカラから膨大な猫のミイラが出土した。
解説
概要
バステト(bꜣstt / Bastet)は、古代エジプトの女神である。はじめは雌獅子、あるいは雌獅子の頭をもつ女性の姿で表され、のちに猫、あるいは猫の頭をもつ女性の姿をとるようになった。太陽神ラーの娘とされ、ラーの目の一つにも数えられる。下エジプトのブバスティスを中心に崇拝された。エジプト神話の体系に含めて扱う。
名の意味ははっきりしない。名を書く文字に香油の壺が用いられることから「香油の壺の女」と解する説(クワーク)と、地名バセトに由来する「バセトの女」とする説(アレン)がある。
神話・物語
バステトはラーの娘とされ、ラーの目として、ラーの敵である蛇アペプと戦う姿でも描かれる。同じ雌獅子の女神セクメトとはやがて一柱の女神の二つの面とみなされ、セクメトが猛々しい戦いの面を、バステトが穏やかな面を表すとされた。
信仰
崇拝の中心は、ナイル・デルタのブバスティス(ペル・バステト「バステトの家」、現在のザガジク近郊)であった。前5世紀のヘロドトスは、この地の神殿が水路に囲まれた島の上に立ち、木立に覆われていたと記す。年ごとの祭には、子どもを除く男女およそ70万人が舟に乗って集まり、盛大な犠牲が捧げられ、一年のほかの日々を合わせたよりも多くの酒が飲まれたという。ブバスティスでのバステトの祭は新王国時代にすでに確かめられ、第18王朝のネフェルカの方形像は、アメンホテプ3世が参列して供物を捧げたことを伝える。
ブバスティスの神殿跡からは30万体を超える猫のミイラが見つかっている。サッカラのブバステイオンと呼ばれる神殿域にも大規模な猫の埋葬がある。1888年にはベニ・ハサンで、農夫が数十万の猫を葬った墓地を掘り当てた。
図像と象徴
前3千年紀に現れるバステトは、猛々しい雌獅子、あるいは雌獅子の頭をもつ女性の姿である。第3中間期(前1070〜前712年頃)から、家猫、あるいは猫の頭をもつ女性として表されはじめた。第22王朝(前945〜前715年頃)のあいだに、主に猫の女神へと移ったとみる研究者もいる。猫の頭の女性像は、楽器シストラムや籠を手にし、足もとに子猫を伴うことがある。

本サイトが掲げるのは、大英博物館所蔵の「ゲイヤー=アンダーソンの猫」である。末期王朝時代の青銅の猫の坐像で、金の耳輪と鼻輪、胸にウジャトの護符を着けている。
系譜と関係
父はラー。母をイシスとする伝えもある。いくつかの神話ではプタハの妻とされ、獅子神マアヘスをその子とする。セクメトと一つの女神の二面とされ、ハトホルとともにラーの目に数えられる。ギリシア人はバステトをアルテミスと同一視することがあり、「猫」を意味するアイルーロスの名でも呼んだ。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。