テオニム THEONYM · 世界神話アーカイブ 神格を検索
MUNDUS MYTHICUS · CH. 13 · THE STRUCTURE OF THE UNDERWORLD

死者の国

死者はどこへ行くのか。裁かれるのか、裁かれないのか。行き先は一つか、複数か。冥界の設計は、その社会が死をどう区切ったかを映している。そして「冥界の神」と一括りにされる神々のなかには、王と門番と導き手が混ざっている。本サイトの死神・冥界神八十三柱と魂の導き手十九柱を、この区別で読み直す。エトルリアの数字が示す偏りは、第1章の原則がここでも働いていることを示す。

PLATE 心臓の計量(フネフェルの死者の書)
心臓の計量(フネフェルの死者の書), 前1275年頃(第19王朝).
フネフェルの死者の書より「心臓の計量」(前1275年頃、大英博物館蔵)/WIKIMEDIA COMMONS、パブリックドメイン

裁く冥界と裁かない冥界

エジプトの死者は、裁かれる。死者の心臓は秤にかけられ、マアトの羽根と釣り合うかが問われる。アヌビスが秤を操作し、トートが結果を記録し、釣り合わなければアメミットが心臓を食う。釣り合えば、死者はオシリスの国に入る。

インドのヤマも裁く。書記チトラグプタが生前の行いを帳簿に記し、ヤマはそれに基づいて死者の行き先を決める。仏教に入って閻魔となり、東アジアでは十王の一人として法廷を構える。

だがメソポタミアの冥界に、審判はない。『ギルガメシュ叙事詩』でエンキドゥが夢に見る死者の国は「塵を食い、粘土を食べる家」であり、王も祭司も同じように翼を持つ鳥のような姿で暗闇に座っている。善人も悪人も行き先は同じである。ギリシアの初期の冥界も同様で、ホメロスの死者たちは影として漂い、区別されない。審判の観念は、後になって付け加えられた。

死者を裁くかどうかは、その社会が生前の行いに死後の結果を結びつけたかどうかである。エジプトとインドは結びつけ、メソポタミアと初期ギリシアは結びつけなかった。

王と門番と導き手

「冥界の神」と一括りにされる神々は、実は三つの位置に分かれている。

王がいる。エレシュキガルは冥界の女王であり、ハーデースは冥界の王であり、ヘルは死者の国の主である。彼らは冥界に座り、動かない。

門番がいる。ケルベロスは三つ首の犬として冥界の門を守り、入る者を通し、出る者を阻む。冥界の門は境界であり、門番は境界の守護者である。本サイトはケルベロスに死の役割ではなく守護の役割を与えている。門番は冥界の神ではなく、境界の神である。

導き手がいる。アヌビスは死者を審判の場へ導き、ギリシアのヘルメースは魂を冥界へ送り、カローンは川を渡す。彼らは冥界に住まない。生者の世界と死者の世界を往復する。本サイトはこれを「魂の導き手」として、死神とは別の役割にしている。

王は動かず、門番は境に立ち、導き手は往復する。三つを一括りにすると、その社会が死をどう区切ったか——境界をどこに引き、誰に往復を許したか——が見えなくなる。役割の共起で、死神と魂の導き手を兼ねる神格は十一柱ある。兼ねる神と兼ねない神を分けて読むことが、この役割を読むことである。

行き先が複数ある

冥界は一つとはかぎらない。

北欧では、戦場で死んだ者はヴァルハラへ、それ以外の者はヘルへ行く。死に方が行き先を決める。アステカではさらに細かく、戦死者と出産で死んだ女は太陽の家へ、溺死者と雷に打たれた者はトラロックの楽園へ、それ以外はミクトランへ向かう。ミクトランの王ミクトランテクートリの国へは、四年をかけて九つの層を下る。

行き先が複数ある体系では、死者の運命は生前の善悪ではなく、死の状況で決まる。裁く冥界が「どう生きたか」を問うのに対し、複数の冥界は「どう死んだか」を問う。北欧の戦士がよく死ぬことを求めたのは、第10章で見たとおり、死に方が行き先だったからである。

下って、戻る者と戻らない者

冥界に下る物語は、戻れるかどうかで型が分かれる。

イナンナは冥界に下り、七つの門で装身具を一つずつ剥がされ、姉エレシュキガルの前で殺されて肉塊として吊るされる。エンキの使いによって蘇り、地上に戻るが、身代わりを差し出さねばならず、それが夫タンムーズだった。戻れたが、代価を払った。

イザナギは死んだ妻イザナミを追って黄泉へ下り、見てはならぬ姿を見て逃げ帰る。戻れたが、妻は戻らず、以後イザナミは黄泉の神となる。オルペウスは妻を連れ戻す許しを得ながら、振り返って失う。戻れたが、一人で戻った。

冥界下りの物語は、境界の往復が可能かどうかを問う物語である。答えはほとんど常に「可能だが、代価がある」であり、代価の内容——身代わりか、喪失か、禁忌か——がその体系の死の理解を示している。

エトルリアの九柱

本サイトのエトルリア神話の項目は三十一件である。そのうち死神・冥界神が九柱、魂の導き手が三柱。体系規模に対して、極端に多い。

カルンは鎚を持つ青い肌の魔物であり、ウァントは翼を持つ女性の導き手であり、トゥクルカは蛇の髪と驢馬の耳を持つ。これらの姿は、文献ではなく、タルクィニアやチェルヴェテリの墓室壁画から知られている。エトルリアの文学はほとんど失われ、残ったのは墓の壁である。墓の壁に描かれるのは、当然、死者の国の住人である。

エトルリアの九柱は、エトルリア人が死に取り憑かれていたことを示すのではない。残った資料が墓であったことを示している。第1章の原則——数は記録の歴史を示す——が、ここで最も鮮明に働いている。

死の区切り方

冥界の設計を読むとは、その社会がどこに線を引いたかを読むことである。生前と死後のあいだに裁きの線を引くか。冥界の門に守護者を置くか。往復を誰に許すか。行き先を善悪で分けるか、死に方で分けるか。

役割ページの「死神・冥界神」と「魂の導き手」は、この区切りを二つのファセットに分けている。八十三柱と十九柱を読むとき、その神が座っているか、門に立っているか、往復しているかを見てほしい。死者の国の地図は、生者の社会の地図でもある。