カローン
カロン · カロンテ
ギリシア神話で冥界の川を渡す渡し守。葬礼を受けた死者だけを舟に乗せ、渡し賃として貨幣を求めた。
解説
概要
カローン(Χάρων)は、ギリシア神話で冥界の川を渡す渡し守である。葬礼を受けた死者の魂を、アケローンあるいはステュクスの向こう岸へ運ぶ。名の由来は明らかでない。「輝く目の」を意味する χαρωπός の詩形と結びつける民間語源が古くからあり、燃える眼という描写と結びつけられてきたが、死を婉曲に言い換えた語とする見方もある。文献に現れるのは、前6世紀にさかのぼるとされる叙事詩『ミニュアス』の断片が最初である。
神話・物語
その務めは選別を伴う。葬礼を受けていない者、渡し賃を持たない者は舟に乗れない。ウェルギリウス『アエネーイス』第6巻では、そうした死者は百年のあいだ岸をさまよわねばならないとされる。この観念に対応して、死者の口に低額の貨幣を含ませる葬送の習慣が広く行われた(カローンの舟賃)。
生者を渡した例も語られる。ヘーラクレースは、ケルベロスを連れ出す務めのためにこの渡し守を力ずくで従わせた。セネカの悲劇『狂えるヘルクレス』では、止めようとするカローンを当の櫂で押さえ込んでしまう。アイネーイアースは、クーマエのシビュッラの導きと黄金の枝によって舟に乗った。規則を破って生者を渡した罰に、カローンが一年のあいだ鎖につながれたとする後代の伝えもある。
系譜はほとんど語られない。ヘーシュキオスの語彙集にアクモーンの子とする一句があるが、本文の乱れが疑われている。ルネサンス期のボッカッチョがエレボスと夜の子としたのは、カローンとクロノスの名の類似からこの神を時の神と解した結果であって、古代の伝承ではない。
図像と象徴
前5世紀から前4世紀のアテナイの葬礼用の壺——とりわけ白地レキュトス——には、舟に乗り込む死者の場面が繰り返し描かれた。初期のカローンは、赤茶の衣をまとった無骨な船乗りの姿で、右手に棹を握り、左手で死者を迎える。魂の導き手ヘルメースが傍らに立つこともある。時代が下るにつれ、その様子は穏やかで洗練されたものへ変わっていった。
ローマの詩人たちは、逆に恐ろしさを強めた。ウェルギリウスの描くカローンは、垢じみた顎鬚を長く垂らし、眼は炉のように燃えている。この像がダンテ『神曲』地獄篇第3歌のカロンテに受け継がれ、櫂で怠ける者を打ち据える姿になった。ミケランジェロが《最後の審判》に描いたのも、この櫂を振り上げるカローンである。エトルリアのカルンが槌を振るうことと、どこかで響き合っている。
系譜と関係
親も配偶も、確かな伝えはない。冥界の主ハーデースに仕える者として位置づけられ、番犬ケルベロス、エレボスやニュクスといった原初の闇と同じ圏に置かれる。名を借りた先はエトルリアで、カルンは渡し守ではなく槌を持つ導き手として別の道を歩んだ。物語を持たない機能そのものの神格である点は、両者に共通する。
文化的足跡
死者の口に硬貨を含ませる習俗は、ギリシア・ローマの墓から広く出土しており、渡し賃の観念が実際の葬送にまで及んでいたことを示す。フードをかぶった骸骨として描かれる近代の死神像も、しばしばこの渡し守の系譜として語られてきた。冥王星の最大の衛星カロンは、冥界の主に付き従う者としてこの神の名を与えられている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。