タンムーズ
ドゥムジ · ドゥムジド · Dumuzid
イナンナ(イシュタル)の夫である牧夫の神。シュメール語ではドゥムジ。夏の乾きとともに冥界へ下るとされ、その死を悼む哭きの祭りが各地で営まれた。
解説
概要
タンムーズ(アッカド語 Duʾūzu)は、シュメール語でドゥムジ(Dumuzid)と呼ばれる神で、牧畜と植物の生育を司る。「牧夫ドゥムジ」の名のとおり、乳という季節限定の貴重な産物をもたらす神とされた。乳は保存がきかず、シュメールでは限られた時期にしか得られない。
『シュメール王名表』は洪水以前のバド・ティビラの王として、また別の「漁夫ドゥムジ」をウルクの初期の王として挙げる。妻はイナンナ(イシュタル)、妹は葡萄酒と夢解きの女神ゲシュティンアンナである。
神話・物語
『イナンナの冥界下り』が語る死が、この神の性格を決めている。冥界から戻った女神は身代わりを差し出さねばならない。従者ニンシュブルは庇われたが、夫ドゥムジだけは自分の死を悼まず、玉座に坐って着飾っていた。怒った女神は彼を指さし、ガルラの悪霊たちが引き立てる。逃亡と捕縛を繰り返す追跡の場面は、シュメール語の複数の詩がそれぞれ別に伝えており、太陽神シャマシュが彼を蛇や羚羊に変えて逃がそうとする筋もある。
物語はそこで終わらない。1963年に訳出された『ドゥムジの帰還』が示すように、妹ゲシュティンアンナの嘆願によって半年ずつの交替が定められ、彼は年の半分を地上で過ごすことになった。20世紀前半には「死んで甦る神」の典型としてタンムーズが引かれたが、シュメール語版『冥界下り』の全文が読めるようになると、その筋が復活で終わっていないことが明らかになり、議論は組み直された。帰還の伝えは別の作品として存在するのであって、下降の詩がそのまま復活に至るのではない。
『ギルガメシュ叙事詩』第六書板では、ギルガメシュがイシュタルの求婚を退けるにあたり、「若き日の恋人タンムーズ」に毎年の哭きを課したことを真っ先に挙げる。求愛される側から見れば、この神の死は女神の苛烈さの証拠であった。
図像と象徴
牧夫の神にふさわしく、羊と羊小屋、そして牧杖が象徴となる。主画像に掲げたのはルーヴル美術館蔵、テッロ(ギルス)出土の粘土浮彫板で、抱き合う男女を表す。この種の量産された小型浮彫はメソポタミア各地の住居址から出土し、ドゥムジとイナンナのヒエロス・ガモスを表すものと解されてきた。神殿の大がかりな彫刻ではなく、家のなかに置かれた素朴な図像である点に、この神の位置が表れている。
季節の神としての姿は、造形よりも儀礼に残った。真夏にあたるドゥムジの月——バビロニア暦の第四月で、ヘブライ暦のタンムーズ月に受け継がれる——には、各地で公然と哭きの儀礼が営まれた。乾ききって草の絶える季節そのものが、この神の不在として理解されたのである。
なお、王が儀礼のなかでドゥムジを演じ、女神官とヒエロス・ガモスを実演したという20世紀に広く受け入れられた説明については、文学作品の記述が実際の儀礼を反映しているかどうかを含めて、現在は再検討が続いている。
系譜と関係
妻はイナンナ/イシュタル、妹はゲシュティンアンナ。シュメール語の詩『イナンナは農夫を選ぶ』では、農夫エンキムドゥと女神の夫の座を争い、牧夫としての豊かさを説いて選ばれる。冥界に関わる神としては、交替の掟によってエレシュキガルの領分に半年ごとに属することになる。
西セム語圏ではアドン(「主」の意)と呼ばれ、この呼称がギリシアに入ってアドーニスとなった。神格そのものの同一視というより、名称と祭儀の型が移されたものである。
文化的足跡
タンムーズの名は『エゼキエル書』第8章に現れる。エルサレム神殿の北門で女たちがタンムーズのために泣いていた、という一節で、哭きの祭りが前6世紀にレヴァントまで及んでいたことを示す記述として引かれてきた。
ギリシアではアドニス祭として受け継がれ、屋根の上で草を早く芽吹かせては枯らす「アドニスの園」が女たちの手で営まれた。19世紀末から20世紀初頭にかけては、フレイザー『金枝篇』が「死して甦る神」の一例に数えたことで広く知られるようになったが、その枠組み自体は今日では慎重に扱われている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。