アラウン
アラウーン · Araun
中世ウェールズ伝承の異界アンヌンの王。狩の非礼を咎めてプイスと一年姿を入れ替え、以後、二つの世界のあいだに変わらぬ友誼を保った。
解説
概要
アラウン(Arawn)は、中世ウェールズ伝承に語られる異界アンヌンの王である。マビノギオン所収『マビノギ四枝』第一枝に大きく登場し、第四枝でも間接的に言及される。灰色の衣をまとって馬を駆り、白い体に赤い耳を持つ猟犬の群れを従える姿で描かれる。
後代の伝承では、アンヌンの王という役はもっぱら魂の導き手グウィン・アプ・ニーズに帰せられるようになった。それでもこの名は記憶に残り、カーディガンの古い言い回し「日は長く、夜は長く、アラウンの待つ時は長い」に姿をとどめている。
神話・物語
第一枝の冒頭、ダヴェドの大公プイスはグリン・キーフで供の者とはぐれ、見知らぬ猟犬の群れが牡鹿を仕留めているところに出くわす。犬を追い払って自分の犬に獲物を食わせたため、その主であるアラウンが現れて非礼を責めた。
償いとしてアラウンが求めたのは、一年と一日、互いに姿を取り替えて相手の国を治めることであった。自らはダヴェドの領主となり、プイスにはアンヌンの統治と、長年打ち破れずにいた宿敵ハヴガンとの一騎打ちを託す。プイスは期限の日、一撃で致命傷を与え、とどめの二撃目を求められてもこれを拒んだ。二度打てば相手は蘇るからである。こうしてアラウンはアンヌン全土の支配権を得た。
一年のあいだ、プイスはアラウンの姿でその妃と同じ床に就きながら指一本触れなかった。この節度ゆえに二人は変わらぬ友となり、以後、ダヴェドとアンヌンのあいだには世代を越えた交わりが続く。第四枝でプリデリが所有する異界の豚は、アラウンから贈られたものであり、それをグウィディオンが詐術で奪ったことが、プリデリの死と第四枝の戦の発端になった。
第二枝から第四枝にかけてアラウン自身は表に出ない。第一枝が異界に多くの紙幅を割きながら、他の枝がそれに触れないという偏りをどう説明するかは、四枝の成立をめぐる議論の論点の一つである。
図像と象徴
図像は伝わらず、当サイトも主画像を掲げない。この王を特徴づけるのは持物ではなく、随伴する犬と、姿を交換するという行為そのものである。
アンヌンの猟犬は、輝くように白い体に赤い耳を持つ。ウェールズとアイルランドの伝承において、白と赤の取り合わせは異界のしるしにほかならず、この一点だけでプイスは相手が何者かを察するべきであった。犬の群れは後世の民間伝承でクーン・アンヌン(アンヌンの猟犬)と呼ばれ、秋から早春の空を渡るとされた。その吠え声は渡り鳥の鳴き声に、追われる獲物はさまよう魂に重ねられる。もっともこの伝承にアラウン自身の名は現れない。
姿の交換もまた、この王の性格を映す。彼は力でプイスを罰するのではなく、相手に自分の務めを一年間そのまま負わせる。異界の王が求めたのは償いというより、代役である。
系譜と関係
系譜は語られない。妃の名も伝わらないが、彼女こそがプイスの節度を試す場に置かれている。敵はハヴガン。友はプイスであり、その子プリデリとの交わりも続いた。
ケルヌンノスとの関連を説く研究者がいる。狩と角ある獣、そして異界という三点の重なりを根拠とするが、名の対応も同一視の史料もなく、機能の類似にとどまる。当サイトでは同一視・同源として登録していない。後代にアンヌンの王とされるグウィン・アプ・ニーズとの関係も、同じ役を別の名が引き継いだものとみるほかない。
文化的足跡
第一枝のプイスとアラウンの挿話——他人の姿を借りて一年を過ごし、相手の妻と床を共にしながら手を触れない——は、中世英文学の『サー・ガウェインと緑の騎士』に見られる主題と重なる。緑の騎士ベルティラクの造形にこの王の面影を読む説があり、ガウェインが誘惑に耐えて報われる構図も同型である。近代ではロイド・アレグザンダーの児童文学『プリデイン物語』が「死の王アラウン」を悪役に据えたため、英語圏ではこの像のほうが広く知られる。原典のアラウンは悪でも死神でもなく、非礼を咎め、代役を求め、そして約束を守る隣国の王である。