アメミット
アムムト · アメミト · アンムト
エジプト神話の怪物。ワニの頭、獅子の前半身、カバの後半身をもつ。心臓の計量で不合格となった死者の心臓を食らい、永遠の消滅をもたらす。
解説
概要
アメミット(エジプト語 ꜥm-mwt、「死者を呑む者」の意)は、死者の審判の場に控える怪物である。ワニの頭、獅子の前半身、カバの後半身という、古代エジプト人が知る最も恐ろしい三種の獣を合わせた合成獣で、その組み合わせ自体が「逃れられない」ことを告げている。新王国以降の『死者の書』の挿画に登場し、心臓の計量の場面にはほぼ必ず描き込まれた。
登場する物語
死者はドゥアトの「二つの真理の広間」へ導かれる。アヌビスが天秤を扱い、一方の皿に死者の心臓を、他方にマアトの羽根を載せる。トートが結果を記録し、オシリスが審判を主宰する。アメミットはその傍らに座して待つ。心臓が羽根より重ければ——すなわち生前の行いが秩序に背いていれば——その心臓は彼女に呑まれる。
呑まれた者は復活せず、来世へ進むこともできない。エジプトの死生観において、これは責め苦としての罰ではなく存在そのものの消滅を意味した。永く苦しむ地獄という構図をもたない点は、後世の宗教との対比でしばしば指摘される。
もっとも、心臓を食らう役はもとからアメミットのものではなかった。中王国のコフィン・テキスト第310・311呪文では、月の神コンスが心臓を焼き、また呑む者として現れる。この呪文群が新王国に『死者の書』へ組み込まれる過程で、役割はアメミットへ移った。
図像と象徴
第18王朝の作例では、ワニ・獅子・カバという三部構成がほぼ定型となる。書記アニのパピルス(前13世紀頃、大英博物館蔵)では、王のネメス頭巾に似た三色の被り物をつけ、天秤の脇に座す姿が描かれた。神々の場に獣の複合体が居並ぶという構図そのものが、この場面の緊張を作っている。
第3中間期に入ると図像は揺れる。第21王朝以降、審判の場面は棺の内外にも描かれるようになり、第22王朝の高官アンクホルの棺蓋にはカバの頭と犬の胴という別の組み合わせが現れた。プトレマイオス朝のネスミンのパピルス(前300〜250年頃)では、ワニの頭に犬の胴をとる。定型があるようでいて細部は動き続けており、写本ごとの差異は写工に委ねられた幅を示している。
関わる伝承・神格
アメミットには神殿も神官もなかった。新王国のエジプトでは、崇拝の場をもつか否かが神と魔物とを分ける基準であり、この点で彼女は守護霊——特定の場所に結びついた魔物——に分類される。ドゥアトという場に縛られ、死者がひと目でそれと分かるよう獣の複合体として造形された。恐れられはしても、祈られることはない存在である。
文化的足跡
心臓を守る護符、すなわちケプリの姿をした心臓スカラベが大量に作られたのは、この怪物への恐れの裏返しでもある。審判の場面はエジプト美術のなかで最も広く知られた図像の一つとなり、近代以降の展覧会や図版集を通じて世界に流布した。現代の創作作品でも、天秤の傍らに控える怪物としてしばしば引かれている。