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MUNDUS MYTHICUS · CH. 12 · HEALING AND ILLNESS

癒しと病

疫病の矢を放つアポローンが、医神アスクレーピオスの父である。獅子頭のセクメトは疫病を送り、同時に医師たちの守護神である。病を与える神が、癒す神を兼ねる——この職能には独特のねじれがある。本サイトの医薬・治癒の神六十四柱のうちケルトが十三柱で最も多いのは、泉の神がそのまま癒しの神として記録されたからである。北欧は一柱、しかも一行の記述しかない。

PLATE アスクレーピオス小像 頭部
アスクレーピオス小像 頭部, 前3〜2世紀.
アスクレーピオス小像頭部(前3〜2世紀)/THE METROPOLITAN MUSEUM OF ART, CC0

与える者が癒す

ホメロスの『イーリアス』は、アポローンがギリシア軍の陣営に疫病の矢を射込む場面から始まる。九日のあいだ、矢は騾馬と犬を、次いで人を倒した。同じアポローンが、医神アスクレーピオスの父である。アスクレーピオスは死者を蘇らせるほどの医術に達し、そのためにゼウスの雷に撃たれて死んだ。

エジプトのセクメトは獅子頭の女神であり、ラーの命で人類を殺戮し、疫病を運ぶ。そして同時に、エジプトの医師たちは「セクメトの神官」と呼ばれた。疫病を送る者が、疫病を止める者である。

このねじれは偶然ではない。病を止められる者は、病を操れる者である。癒しの神が病の神を兼ねるのは、癒しが病の支配であるからにほかならない。矢を射る手が、矢を抜く手でもある。

泉が神である

本サイトの医薬・治癒の神は六十四柱ある。体系別に見るとケルトが十三柱で最も多く、ヒンドゥーの十一柱、ギリシアの九柱がこれに続く。ケルトの十三柱は、体系規模を考えれば突出している。

理由は、第8章で触れたとおり、泉が神だったからである。スリスはバースの温泉であり、グランヌスは温泉の神であり、セクアナはセーヌ川の水源である。セクアナの聖所からは、木彫の腕や脚や内臓が大量に出土している。病んだ部位を象って女神に捧げた奉納物である。文献がほとんど残らないケルトの神々のなかで、癒しの神だけは、碑文と奉納物という考古資料によって職能を確かめられる。

ケルトの癒しの神には、泉のほかにもう一つの系統がある。トゥアハ・デ・ダナンの医神ディアン・ケヒトは、失われた王の腕を銀で作り、その娘アルウェズは薬草を集めた。父は娘の知識を妬んで薬草を散らしたと語られる。癒しの知識は、ここでも代価と嫉妬を伴っている。

人が神になる

エジプトのイムホテプは、前二十七世紀の王ジェセルの宰相であり、階段ピラミッドの設計者だった実在の人物である。死後二千年近くを経て、末期王朝の時代に医術の神として崇拝され、ギリシア人はこれをアスクレーピオスと同一視した。

人間が医神になる例は他にもある。日本のスクナビコナは大国主とともに国土を整えた小さな神であり、医薬と温泉の神とされる。仏教の薬師如来は、如来でありながら病を癒す誓願によって信仰を集めた。癒しは、神の職能のなかで、人間の技術にもっとも近い場所にある。技術が神になるとき、それはしばしば、技術を持った人間の神格化として起きた。

北欧の一柱

本サイトの北欧神話の項目は百三十を超えるが、癒しを役割とする神格はエイルの一柱しかない。しかもエイルについて『エッダ』が伝えるのは、スノッリが女神たちを列挙するなかで「最良の医師である」と記した一行だけである。物語はなく、崇拝の記録もない。

これを北欧に医神がいなかったと読むことはできる。だが第1章の原則に従えば、別の読み方も可能である。北欧の神話は戦士と王の詩として記録された。癒しは戦士の物語には登場しにくく、記録されなかった可能性がある。ケルトでは泉と奉納物が癒しの神を残し、北欧では詩が癒しの神を残さなかった。記録の媒体が、何が残るかを決めている。

守ることと癒すこと

役割の共起を見ると、癒しの神と守護神を兼ねる神格は十一柱ある。癒しの神が兼ねる役割のなかで最多である。

病を癒すことと、病から守ることは、地続きである。メソポタミアのグラは「偉大な医師」と呼ばれ、犬を聖獣とし、その神殿は治療の場であると同時に、病を遠ざける祈りの場だった。ヒンドゥーのアシュヴィン双神は、医術の神であると同時に、夜明けに先立って災いを払う双子である。

癒しの神は境界に立つ。病が入ってくる境界と、病が出ていく境界と。第14章で扱う「境を越える者」たちと、癒しの神は隣り合っている。

病は罰か

最後に、病がどう理解されていたかを確かめる。

アポローンの矢は、アガメムノーンの傲慢に対する罰である。セクメトの殺戮は、人類の反逆に対する罰である。多くの体系で、病は神の怒りであり、癒しは神の赦しだった。この理解のもとでは、医神は医師である前に、神と人のあいだを取りなす者である。

一方、ギリシアのアスクレーピオスの聖所では、患者が神殿で眠り、夢のなかで神の治療を受けた。ここでは病は罰ではなく、技術の対象である。イムホテプの神格化も、技術の神格化だった。病を罰とみる理解と、技術の対象とみる理解は、同じ体系のなかに並存し、後者が前者から分かれていくのは、ゆっくりとした過程だった。

役割ページの「医薬・治癒の神」に並ぶ六十四柱を読むとき、その神が病を送るかどうか、泉であるかどうか、もとは人間であったかどうかを見てほしい。癒しの神の姿は、その社会が病を何だと思っていたかを映している。