ユーノー
ユノ · ジュノー · ヘーラー(ギリシア)
ローマ神話の女神。ユーピテルの妻にしてカピトーリーヌスの三神の一柱。ヘーラーと同一視されたが、暦の朔日を握り、山羊皮をまとって武装し、その神殿で貨幣が鋳られた。
解説
概要
ユーノー(Iuno)は、国家の守護者にして助言者たるローマの女神である。サートゥルヌスとオプスの娘、ユーピテルの姉にして妻。カピトーリーヌスの三神の一柱であり、レーギーナ(女王)と呼ばれた。ギリシアのヘーラーと同一視され(インテルプレタティオ・ロマーナ)、その物語を引き受けている。
だがユーノーの神学は、ローマ宗教のなかでも最も込み入った問題の一つとされる。ヘーラーが結婚の女神であるのに対し、ユーノーの添え名の一覧は結婚に収まらない。レーギーナ(女王)、ルーキーナ(光へ出す者)、モネータ(忠告する者)、ソースピタ(救う者)、クリーティス(槍を持つ者)、カプロティーナ、ポプローナ。主権・出産・武装・貨幣・浄化が一つの名の下にある。
語源はこの多様さを解く鍵とされてきた。かつてはユーピテルと同じ *Diovona に遡ると考えられたが、現在はウィッソヴァ以降、iuven-(若さ、iuvenis)から短縮された iūn- とする説が広く採られる。iuven- は生命力や「実りの時」の観念に繋がる語である。ユーノーとは若さの力そのもの——男においては兵士たりうる年頃、女においては子を産みうる年頃——を司る神格だ、という説明になる。ただしこれで全部が片づくわけではない。
神話・物語
ギリシア由来の物語——郭公、イーオー、セメレー、ヘーラクレースへの敵意——は移入である。ローマ固有のものは、やはり祭祀と歴史のほうにある。
前396年、ローマは十年に及ぶ包囲の末にエトルリアの都市ウェイイーを陥とした。リーウィウスによれば、独裁官カミッルスは陥落に先立って敵の守護女神ユーノー・レーギーナに呼びかけ、ローマへ移り住むよう誘った(エウォカーティオ)。神殿を約束された女神は承諾し、アウェンティーヌスの丘に迎えられる。像を運び出そうとした兵が戯れに「ローマへ行かれますか」と問うと、像が頷いたと伝えられる。敵の神を寝返らせて勝つ。ローマの宗教が排他的でなかったこと、そして征服を神々の合意として語り直す仕組みを備えていたことが、この一件に現れている。
もう一つはユーノー・モネータである。前390年、ガリア人がローマを襲い、カピトーリーヌスの丘だけが持ちこたえた。夜襲を察知して鳴き騒ぎ、守備隊を起こしたのは、この女神の神域に飼われていた鵞鳥だった。犬は吠えなかったが、鵞鳥は鳴いた。モネータ(忠告する者、警告する者)の添え名をこの逸話に結ぶ説明は、古代からある。そしてこの神殿に、ローマの造幣所が置かれた。ラテン語 moneta が「貨幣」を意味するようになり、英語の money と mint はここから出ている。世界中の「マネー」は、鵞鳥の鳴いた丘の女神の添え名である。
ラーヌウィウムのユーノー・ソースピタも古い。ローマはこの都市を併合したのち、その女神の祭祀を国家の祭祀として引き受け、執政官は就任の年にここへ犠牲を捧げに行った。
図像と象徴
聖鳥は孔雀。ヘーラーから受け継いだ標識である。ほかに鵞鳥、そして額冠。
ローマ独自の造形は、武装したユーノーである。ヘーラーは戦わない。ユーノー・ソースピタは、山羊の皮を頭からかぶって角を額に立て、槍と楯を構え、先の反った靴を履いて立つ。ギリシアの女神像には求めがたい姿であり、この型がアテーナーの山羊皮(アイギス)から借りたものか、ラーヌウィウム在来のものかは議論がある。共和政期の貨幣にこの姿が繰り返し打たれた。
もう一つの相はユーノー・ルーキーナで、こちらは産着の赤子を抱き、あるいは灯りを掲げる。ルーキーナは「光のもとへ出す者」であり、出産とは光に出すことだという理解が、そのまま名になっている。
見落としてはならないのは、「ユーノー」が女性一人ひとりに宿るものでもあったことである。男に守護霊ゲニウスがあるように、女にはユーノーがある。誕生日には、それぞれが自分のゲニウスまたはユーノーに供物をした。一柱の女神の名が、同時に無数の複数形(ユーノーネース)として存在する。ギリシアの神観念には見あたらない構造であり、ヘーラーとの同一視では絶対に写らない部分である。
系譜と関係
父サートゥルヌス、母オプス。夫ユーピテル。子はマールス、ウゥルカーヌス、ベローナ、ユウェンタース、そして出産の女神ルーキーナ。エトルリアの対応神はウニであり、カピトーリーヌスの三神(ユーピテル・ユーノー・ミネルウァ)はエトルリアのティニア・ウニ・メンルヴァの組を引き継いだものとされる。
暦との結びつきが、ヘーラーとの最大の違いである。毎月の朔日(カレンダエ)はユーノーの日だった。朔日に下級神官がクリア・カラブラから、その月のノーナエがいつかを告げる。そのとき呼びかけられる女神の名はコウェッラであり、新月の陣痛を助ける者という意味に解された。同じ日、王の妻(レーギーナ・サクロールム)が白い牝豚か仔羊を犠牲に捧げる。始まりを司る神ヤーヌスがしばしばユーノーニウスと呼ばれるのも、この繋がりによる。
なお、ユーノーを月の女神とする古代以来の説明は、現在では採られていない。その役はディアーナ・ルーキフェラのものである。月との関係は、月の周期が女性の身体を測る尺度だったという一点を経由している。
文化的足跡
6月(June)はこの女神の名に由来するとされ、ヨーロッパで6月の結婚が縁起がよいとされる慣習も、婚姻の守護者としてのユーノーに帰される。もっともオウィディウスは『祭暦』で、6月の名の由来を女神たち自身に語らせ、ユーノーとユウェンタースらに自分の名だと言い争わせている。ローマ人自身、確信はなかった。
ウェルギリウス『アエネーイス』のユーノーは、この女神の最も大きな役である。カルタゴを愛し、トロイア人の末裔がそれを滅ぼす未来を知る女神は、アイネイアースの航海を全力で妨げる。叙事詩の敵役でありながら、叙事詩を動かす力そのものでもある。ウェヌスが息子を庇い、ユーノーが妨げる。この構図はホメーロスにはない、ローマの詩人の設計である。
近世の絵画では、ユーノーはたいてい孔雀を伴って現れる。1804年に発見された小惑星ジュノー、そして木星探査機ジュノー——ユーピテルが雲を引き寄せて身を隠したとき、その雲を透かして正体を見抜いたのは妻だった、という神話にちなむ命名である。夫を見張る妻という古代の像が、惑星探査機の名として生き延びた。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。