テルミヌス
テルミヌス神 · ユーピテル・テルミナリス · テルミナリア
境界標を守るローマの神。名は境界石そのものを指す語である。ユーピテル神殿の建設に際して移動を拒み、神殿は屋根に穴を開けてこの祠を取り込んだと伝えられる。
解説
概要
テルミヌス(Terminus)は、ローマの宗教において境界標を守る神である。名はラテン語で境界標そのものを指す語であった。
一つひとつの境界石を聖別するために犠牲が捧げられ、土地所有者は毎年2月23日にテルミナリアと呼ばれる祭を営んだ。
カピトリヌスの丘のユーピテル・オプティムス・マクシムス神殿は、テルミヌスの祠の上に建てられたと考えられ、この神は「ユーピテル・テルミナリス」の名でユーピテルの一相と見なされることもあった。
神話・物語
古代の著述家は、テルミヌス崇拝が初代王ロムルス(伝統的に前753〜前717年)あるいはその後継者ヌマ(前717〜前673年)の治世にローマへ導入されたと考えた。近代の研究者は、境界標に宿る力への初期のアニミズム的な畏敬の残存とみるか、財産の分割に関わる神をめぐる印欧祖語の信仰がローマにおいて発展したものとみるかで分かれる。
祭祀は境界石そのものを中心とした。土地測量の著述家シクルス・フラックスは、石を聖別する儀礼を記録する。所領が接する地点に穴を掘り、犠牲獣の骨、灰、血とともに、作物、蜜蠟、葡萄酒を入れ、その上に石を打ち込む。
2月23日のテルミナリアは、この最初の儀礼の「年ごとの更新」と見ることができる。隣り合う家々が境界標の自分の側に花輪を掛け、祭壇でテルミヌスに供物を捧げた。オウィディウスはこれを作物、蜜蠟、葡萄酒と記す。標そのものには、犠牲に供された仔羊あるいは豚の血が注がれた。
最もよく知られるのが、ユーピテル神殿建設の際の逸話である。カピトリヌスの丘に神殿を建てるにあたり、既にそこにあった神々の祠を移すための鳥占が行われた。他の神はすべて移動に同意したが、テルミヌスだけが動くことを拒んだ。そこで神殿はこの祠を内に取り込む形で建てられ、屋根には穴が開けられた——テルミヌスは天を見上げていなければならないとされたためである。
この逸話は、ローマの境界が退くことはないという吉兆として解された。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ハンス・ホルバイン(子)による《テルミヌスを表すステンドグラス下絵》(1525年)である。古代の図像ではなく、ルネサンス期の作例である。
古代における「図像」は、境界石そのものであった。神像を作らず、石を立てて血を注ぐ。物そのものが神であるという形は、ローマの古い祭祀の性格をよく示している。
動かないということが、この神の属性のすべてである。ユーピテル神殿の屋根に穴を開けてまで動かさなかったという逸話は、境界が動かないことの保証を神格化したものといえる。
関わる神格・伝承
ユーピテルの一相ユーピテル・テルミナリスとして扱われることがある。ユーピテル神殿の逸話では、同じく移動を拒んだユウェンタースと並べて語られる。
エトルリアの境界の神セルヴァンスと比較される。両者の関係は、ローマとエトルリアの宗教の相互作用を考えるうえでの論点の一つである。
文化的足跡
ラテン語のテルミヌスは、英語の term、terminal、terminate といった語の語源である。境界を意味する語が、時間の区切りや終端を意味する語へ広がった。
ハンス・ホルバインは、人文主義者エラスムスのために「テルミヌス」の意匠を繰り返し制作した。エラスムスはこの神を自らの標章とし、「われは何者にも退かず」(Concedo nulli)の銘を添えている。境界の神が、近代初期の学者の個人的な標章になった例である。