タラニス
タラヌス · タナルス · Taranus
ガリアの雷神。名は「雷」そのものを意味し、ローマではユーピテルと同一視された。ルカヌスが人身供犠の神として名を挙げた三柱の一つである。
解説
概要
タラニス(Taranis、碑文ではより多くタラヌス Taranus、さらに古い形はタナルス Tanarus)は、ガリアの雷神である。名はケルト祖語 torano-(雷)に由来し、印欧祖語 (s)tenh₂-(雷鳴を発する)に遡る。古アイルランド語 torann、中期ウェールズ語 taran はいずれも「雷」を意味する普通名詞であり、この神は職能をそのまま名とした存在である。ケルト祖語の段階で tonaro- から torano- への音位転換が起きたとみられ、転換前の形タナルスもダルマティアの「ユピテル・タナルス」奉献碑で確認された。
碑文は前4世紀から後3世紀にかけて残り、ガリア、ゲルマニア上部、ブリタンニアに分布する。
神話・物語
物語は伝わらない。最も古い文献はローマの詩人ルカヌスの叙事詩『内乱(ファルサリア)』(61年ごろ起筆)で、ガリア人が人身供犠を捧げた神としてテウタテス、エスス、タラニスの三柱を挙げる。ケルトの神が、ローマの神名に置き換えられずに固有の名でラテン文学に現れる稀な箇所であり、古来多くの注釈を呼んだ。ただしルカヌスの目的は詩であって民族誌ではなく、ガリアに足を運んだこともない。三神の並列はガリア人の野蛮さと異国性を際立たせる修辞だった可能性が高い。ヤン・デ・フリースのようにこれを古代ガリアの三神一組とみる説がある一方、グレアム・ウェブスターは、語の響きと韻律で選ばれたにすぎないとみる。
この詩は古代末期から中世にかけて学校で読まれ、多くの注釈(スコリア)を生んだ。9〜11世紀の写本に伝わる『ベルン注釈』は、供犠の方法まで記す。エススには人を木に吊るして切り刻み、テウタテスには樽に沈めて溺れさせ、タラニスには木製の容器(alveus)に入れて焼いたという。ミランダ・グリーンはこれを、カエサルとストラボンが伝えるウィッカーマンと結びつけた。ただし供犠の方法を記すこの記述は他に並行例のない孤立した資料であり、扱いには慎重さがいる。
同じ注釈は、タラニスをユーピテルに、あるいはディス・パテルに当てる。前者は碑文でも裏づけられ、雷神という理解とも合う。後者は他に例がなく、この神と冥界との関わりは分からない。注釈者はまた、タラニスを「戦の指導者」「天上の神々の最高者」とも呼ぶ。
図像と象徴
「この像はタラニスである」と碑文で裏づけられた作例は、一つもない。にもかかわらず、この神を語るとき必ず引かれる図像がある。輪の神(Radgott)である。
輪の神は、スポークのある車輪を手にし、雷霆・笏・鷲というユーピテルの持物を伴うガリアの神像で、15点ほどが知られる。オート=マルヌ県ル・シャトレ出土のブロンズ小像はその典型で、ガリア風の衣をまとった神が片手に車輪、片手に雷霆を握る。サン=ロマン=アン=ガルの農事暦モザイクには、この種の像に供物を捧げる男女が描かれる。グンデストルップの大釜にも、車輪を差し出す人物と見える不明瞭な場面がある。ゲルマニアに広く分布する「ユーピテルの円柱」は、しばしば車輪を持つ騎馬の神を頂く。鉄器時代のヨーロッパからは、奉納品としての小さな金属の車輪(ルエル)が多数出土している。
ユーピテルと同一視されたという一点をもって、ピエール・ランブレヒツ、ジャン=ジャック・アット、アンヌ・ロスらはこの輪の神をタラニスと同定してきた。しかし両者を直接結ぶ証拠はない。ミランダ・グリーンは、輪の神は太陽神であってユーピテルと重なるのは当然だが、雷神タラニスとは別だと論じる。アールパード・ナジは「蓋然性は高いが決定的ではない」と評した。車輪と雷霆の組み合わせは西方ラテン世界のヘラクレス像にも現れ、この神に固有の標識ではない。今日「タラニス像」として流布する図像は、この留保つきの同定の上に成り立っている。
確実な物証は、むしろ地味である。南フランスのオルゴンから出た奉納祭壇には、ギリシア文字で書かれたガリア語の碑文が刻まれ、ταρανοου の形でこの神の名を伝える。名を確かに残しているのは、像ではなく文字のほうである。
系譜と関係
系譜は伝わらない。ゲルマニア上部の二つの碑文にみえるタラヌクヌス(Taranucnus、「タラヌスの子・裔」)は、この神に子とされる存在があったことを窺わせるが、内実は不明である。
名の上で明らかな対応は、ゲルマンの雷神ドナル、すなわちトールである。ともに印欧祖語 (s)tenh₂- に遡り、ペーター・ヤクソンは、この二つの神名を印欧祖語の雷神 Perkʷūnos の添え名が独立した名として固定したものと推定する。カルヴァート・ワトキンズはヒッタイトの気象神タルフンナとの比較を試みたが、ジョン・コッホは、この対応を認めると音位転換の順序が逆になり、印欧祖語からの語源が崩れると指摘する。
なお、スラヴのペルーンやバルトのペルクナスは *Perkʷūnos に遡る系統であり、タラニスとは別の語根に属する。雷神という機能の共通は雷神が受け持つ領分であって、同源関係ではない。
文化的足跡
碑文の分布から、この神の重要性については評価が割れている。マリオン・オイスキルヒェンは資料を「乏しく、けっして一義的でない」として、限られた部族連合のなかでの局地的な神とみる。一方アンドレアス・ホフェンエーダーは、ケルトの神としては「驚くほど多く」記録されており、広い地域で長く崇められた神だったと論じる。
イタリア北部を流れるポー川の古名タナルスを、音位転換前の神名に遡らせる説がある。現代では、名の響きと「ケルトの雷神」という位置づけから、幻想文学やゲーム作品にしばしば登場する。